カテゴリー別アーカイブ: 生き方

生き様-生き方

森ビル社長、生涯最高のプロジェクト

日経新聞私の履歴書、今月は、現代美術作家の杉本博司さんです。杉本さんの本論とは外れるのですが、7月22日の掲載文から。

・・・私の作品を収集してくれているコレクターの方々が直島に集まる機会があった。森ビルの森稔社長と夫人で森美術館理事長の佳子さん、原美術館の原俊夫さんと、後に夫人となる内田洋子さん、大林組の大林剛郎会長、そして福武さんだ・・・
・・・その場を借りて皆さんに護王神社の構想を披露した。これは私の生涯最高のプロジェクトであると。すると内田さんがすかさず森社長に尋ねた。森さんの生涯最高のプロジェクトは何だったでしょうか。
森社長はしばらく考えた後、こうおっしゃった。「そうだなあ、佳子と結婚できたことかな」。皆ヒューヒューと囃し、佳子さんはそのほほをほんのりと染めた・・・

読み書きは先天的でなく訓練、その2

読み書きは先天的でなく訓練」の続きです。
・・・「深い読み」が、その先にあります。読み続けながら批評眼を養い、時代も文化も違う作者とも想像力を働かせて「対話」し、作者の思いに共感したうえで自分の思想を築いてゆく――。読む行為の到達点だと私は考えます。
意識の流れを追究した20世紀初めのフランスの作家マルセル・プルーストは「読者は作者の知恵の先に自身の知恵を見いだす」と書き、読書の意義を説いている。他者を知り、自己を磨くのです。
中等高等教育で良い教師に出会えれば、「深い読み」の習得はそれほど難しいことではない。

民主主義の観点からも「深い読み」はとても重要だと私は思います。考えの違う他者の存在を認めることが、基本的人権の尊重につながるのです。
トランプ米大統領は読書嫌いです。歴代大統領の中で異例です。
私の見るところ、トランプ氏は読むことに習熟していないため、他者に共感できない。自身が知っていることを過信し、妄信してしまう――。トランプ氏の唱える「米国第一」主義は、私には幼稚な自己中心主義に映ります・・・

・・・私に言わせれば、スマホなど現代のデジタル媒体は「言葉を吟味し、問いを発し、自ら思考する」ために適した媒体ではありません。
デジタル媒体と紙媒体をめぐる比較調査があります。欧州で2000年から17年にかけて若者総計17万人を対象にした大実験です。その結果は、紙で読む方が話の内容・筋立て・場面などをよりよく記憶し、理解できた。幼年時からデジタル媒体に親しんできた世代でも結果は同じでした。彼らには「早く読む」ことを「よく理解する」ことと取り違える傾向があることも判明しました。

読む時、視線は紙面では文章上を進み、時に前に戻りますが、デジタル端末画面ではジグザグに飛びつつ、先に進む。紙面の場合は時間をかけて理解に努める心構えになるのに対し、画面の場合は読み飛ばしがちになる。
私見では、電子書籍にも同様の落とし穴がある。つい読み流し、吟味がおろそかになり、「深い読み」ができない。真の理解は、時に立ち止まり、後戻りして、あえて言えば作者が姿を現すのを待つことで得られる。忍耐が必要なのです。デジタル媒体は結末に向けて読みをせかしてしまうのです。
これはニュースの理解にも当てはまります。デジタル端末は扱うニュースがそれほど多様でなく、出来事を単純に伝える傾向がある。一方で、新聞は概して守備範囲が広く、優れた分析記事は読者に深い理解をもたらしてくれます。
加えて、デジタル媒体は文章が短くなる。読み飛ばす読み手は、書き飛ばす書き手になるものです。ツイッターは象徴的です・・・

読み書きは先天的でなく訓練

7月12日の読売新聞文化欄、神経科学者メアリアン・ウルフさんの「教育の中での読書 紙の本「深く読む脳」育む」から。

・・・ ヒトが文字を読み、書くことは当然だと私たちは考えがちです。違います。読み書きはヒトの天性ではありません。発明です。
人類は20万年ほど前にアフリカ大陸に出現したとされています。言語は数万年前には誕生し、文字は6000年余り前に作られたと考えられます。人類史の中では相対的に最近のことです。最初は、群れをなす野生動物の頭数の筆記といった単純な内容でした。

見る・聞く・話す・嗅ぐといった行為は遺伝子でプログラムされています。それぞれの行為に対応する神経回路が脳に備わっている。乳児は周りを見て、においを嗅ぐ。幼児になれば、言葉を発し、簡単な意思表示もできます。
読み書きは遺伝子に組み込まれていません。では、どうやって身につけるのか。
大人が忍耐強く文字を教える必要があります。やがて幼児は文字が一つ一つ違う音に対応し、そのまとまりが意味を持つことに気づき、記憶する。この時、脳内で文字と音と意味を結びつけた、全く新しい複合的な神経回路が発明されている。脳の柔軟さが読み書きを可能にするのです。

単語の連なる文章を理解することは単純ではありません。脳に巨大な連結器のようなものができて、文字・音・意味を結びつける基本的な複合回路を次々と素早くつなぎ合わせることが必須です。文章の意味をくみ取るために、脳は大車輪の働きをしている。
私流に言うと、「読む脳」の誕生です。「読む脳」は経験を重ねて成長します。子供は読むことで育つともいえます。

8歳から10歳の間に、知識が増え、考える力が少しずつ備わります。自分が知っていることに照らし合わせて、文章の意味を推理できるようになります。
10歳から12歳になると、文章を読み進めながら仮説を立て、仮説が正しいのか間違っているのか、次第に判断できるようになる。作者や登場人物の感情や考えに思い当たるようにもなる。これはとても大事なことです。世の中には自分とは違う考えの他者が存在していることを理解するわけですから。大人へ向けた第一歩です。
初等教育で重要なことは、子供を励まし、手助けをして、推理・推論・真偽判断を含む、総合的な読む力を育むことです・・・
この項続く

『ランスへの帰郷』

ディディエ・エリボン著『ランスへの帰郷』(2020年、みすず書房)を読みました。本屋で見つけ、読んでみようという気になりました。著者のエリボン氏は全く知らないし、みすず書房の西欧哲学・思想関係の本は難しくて、遠慮しているのですが。この本は、フランスの哲学者の自伝でもあるので、読めるかなと考えたのです。フランスとドイツでベストセラーだそうです。いくつか書評も出ています。

帯に「労働者階級の出身であると明かすのは、ゲイであるということを告白するより難しかった」とあります。この本の内容を、良く表しています。著者の二つの苦悩、それが彼を作ったのですが、その過程が語られています。
下層労働者の家に生まれ、高等教育に進むことは、家族や地域から離脱することでした。恵まれた家庭の学校の友達に劣等感を持ちつつ、彼らに反発したり迎合しつつ、勉強を続けます。そして、家族とは疎遠になります。というより、彼は切り捨てます。既存知識人たちに反発することで、大学教授になることはできず、新聞界で名声を上げていきます。彼はそれについても、やりたくなかったけど、食べるために必要だったと語ります。
ゲイであることについても、社会から差別を受けます。社会との葛藤を乗り越えていきます。
その二つの、社会との葛藤、自己との葛藤が、描かれています。それが個人の独白でなく、フランス社会の課題と重ね合わされて語られます。そこが、哲学者、社会学者としての分析となります。フランスの哲学界、知識人たちが、1970年ごろまでいかにマルクス主義にとりつかれていたかもわかります。ゲイについては、私はわかりませんが。だから、フランスで読まれたのでしょう。

ランスは、パリから東北に100キロあまりの都市です。フジタ画伯の礼拝堂もあります。そんなに田舎と思えないのですが、フランスはパリ一極集中が極端です。パリでなければ、まっとう高等教育を受けることができないと書かれています。著者は早熟、そして頭脳明晰なので、凡庸な教師に飽き足らなかったのです。

私も、奈良の田舎から東京に出て、大学で学び官僚になりました。親やふるさとから離れて別の世界で生きた点では、同様です。著者とは2歳違いで、ほぼ同年代です。このような著名人と一緒にすると叱られそうですが、私の半生と少し重ね合わせて読みました。
フランスの階級差別の厳しさ、社会的上昇の難しさには、厳しいものがあるようです。ブルデューが、生まれた家による「文化資本」の違いを指摘するのがわかります。

日本では明治以来、勉強ができて野心のある若者は、東京や各地の旧制高校、後に大学を目指しました。学資の問題はありましたが、家庭の出自は問題にされませんでした。確かに田舎者は、上流階級の子どものようにはクラッシック音楽を知らず、教養も低く話し言葉も粗野でしたが。だからといって、露骨な差別はないと思います。
また、家族と疎遠になることもなく、田舎の人たちは東京での出世を褒めてくれました。日本には「故郷に錦を飾る」という言葉もあります。
社会的上昇がかなり実現できたのです。「一億総中流意識」は、そのような社会背景もあって実現したものでしょう。

翻訳もこなれています。フランスの哲学に通じていない人のために、丹念に注がついています。フランス哲学の門外漢でも、読みやすいです。

緊急事態宣言から2か月

4月7日に、東京などに緊急事態宣言が出されてから、2か月が経ちました。地域別に、また行動別に、規制が緩和されつつあります。少し振り返ってみましょう。社会の問題はマスコミに任せるとして、身の回りのことです。

仕事については、自宅勤務が推奨されました。皆さんの仕事の仕方も、変わったのではないでしょうか。やってみると、意外とできるものですね。もちろん、すべてを自宅でできるものではありませんが。そしてこのページで書いているように、仕事の仕方の見直しが進むでしょう。「在宅勤務が変える仕事の仕方4
しかし、自宅勤務は、生活にメリハリがでません。朝ネクタイを締めて出勤することが、体に染みついているからでしょう。

外出自粛は、しんどいですね。本屋や商店が閉まっているのは、困りました。
夜の意見交換会は、4月から自粛しているので、2か月以上飲みに行っていません。やればできるものです。家では、毎晩のように飲んでいますが、量が行きません。太るかと思ったら、健康生活で体重は少し減りました。キョーコさんの料理のおかげです。
天気の良い日は、夕方に散歩を続けました。家に引きこもっていると、運動不足になりますから。人通りの少ない道を選んで、1時間から1時間半ほど。ゆっくり歩いても4Kmから6Kmくらいは、歩いていることになります。ビールをおいしくするためです。

元通りの生活には、まだまだ戻りませんね。治療薬も予防薬も、まだできていません。一時よりも感染者数は減りましたが、まだ断続的に発生しています。知らないうちに感染して免疫ができていた、とはなりませんかね。
マスクは日常になり、このあと半年や1年は外せそうにありません。柄物の布マスクをしている人が、増えてきたようです。いずれ、オシャレになるでしょう。

社会では、大きな被害をうけた生業と経済、生活が苦しくなった家庭など、広範囲に影響が出ています。まずは、感染に気をつけつつ、生活を取り戻すことが重要です。