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国会閉幕

今日、159回国会が閉会しました。総務省提出案件(法律13本、承認案件1件)は、すべて成立しました。関係者のみなさん、ありがとうございました。総務課長として、いろいろ勉強させていただきました。そのいくつかは、「法律ができるまで」と「国会というところ」で紹介しました。でも、一番の仕事の内容は、まだ書いていません。機会があれば、紹介したいと思っています。もっとも、この仕事は「段取り屋」「ロジ」なんで、なかなか解説は難しいのです。部下から、「最も部屋に座っていない課長」という評価をもらいました。私としては勲章ですが、尋ねて来てくださった方々には、いつも留守で申し訳なく思っています。この後は、「副業」の講演の予定が結構入っています。それで、やっぱり部屋にはいないんですよね。

法律ができるまで4

4月以降
4月に入って衆議院では、年金法を巡る問題で民主党が審議を拒否しました。その結果、今週の6日の衆議院総務委員会は、与党と共産党のみで電波法の改正を審議しました。与党の質問だけ行いました。7日夕方に正常化したので、13日に残りの審議をすることになりました。一方、参議院は、通常の審議でした。8日に消防法改正案が総務委員会を通過し、9日に本会議で可決されました。来週は、地方公務員の任期付き任用法改正案を審議する予定です。
地方税財政関係法が成立しても、国会・総務省はその他の法案成立に汗をかいています。3月中は、予算と予算関連法案の審議ですから、まず衆議院そして参議院の順に審議が進みます。しかし4月になると、衆議院と参議院それぞれで、別の法案を審議するので、時間(と大臣)の取り合いになります。それぞれの本会議とそれぞれの総務委員会の、時間の調整が大変なのです。それに、火曜日と金曜日は閣議があり、その時間の調整も必要になります。(4月9日)
13日は、午前中は衆議院総務委員会で電波法改正の質疑採決、その後、参議院総務委員会で任期付き任用法改正の提案理由説明、引き続き衆議院本会議で国民保護法案の趣旨説明と質疑がありました。国民保護法制は、消防や地方団体が主役なので、総務大臣の出番も多いです。それで、大臣はずっと出ずっぱり=休憩・昼ご飯抜きでした。私は、大臣が本会議に出ておられるのをTVで見ながら、弁当を食べました。申し訳ないと思いつつ、朝7時半から大臣にレクチャーをしたら、お腹が空いて・・。(4月13日)
16日には、参議院本会議で「地方公務員の任期付き任用法改正」が、衆議院本会議で「電波法改正」が可決されました。来週は、それぞれの委員会で、次の法案の審議に入ります。また、衆議院事態特別委員会では、国民保護法案が審議されています。14日には、久しぶりに「党首討論」も行われました。もっとも、年金法改正をめぐって16日夕刻、与野党が「激突」したので、来週の審議がどのようになるのか心配です。(4月17日)
【市町村合併特例法】
国会の方は、火曜日に正常化し、衆議院総務委員会では「市町村合併関係3法」の審議が続いています。合併推進関係者の方には、近く掲載される委員会議事録をご覧いただきたいと思います。参議院総務委員会では「国家公務員総定員法改正」が可決されました。国家公務員総数は、独立法人化等で、大幅に減っています。(4月22日)
今日の衆議院総務委員会と本会議で、合併3法が可決されました。議論のポイントは、地方行政2へ。(4月27日)
今日は、衆議院総務委員会で「地方公務員共済法改正」が審議可決されました。内容は、①厚生年金等と同様の給付と負担の見直しのほか、②国家公務員共済との財政の一元化、③市町村共済の事務の一元化です。案外知られていませんが、重要な改正です。(5月20日)
18日、参議院総務委員会で合併3法案が審議、可決されました。今日の本会議で、成立しました。市町村合併関係が主な内容ですが、地域自治組織など新しい仕組みも導入されています。(5月19日)
今日は、衆議院総務委員会で「消防法等改正」が可決されました。昨年相次いだ、石油タンク・タイヤ工場・ごみ発電所の火災対策や住宅への火災報知器設置を内容としています。明日からは、参議院で国民保護法制の審議が始まります。(5月25日)
今日は、衆議院総務委員会で、「国家公務員総定員法改正」と「地方公務員任期付き任用法」が可決されました。3日の本会議で成立する予定です。総務省提出法案としては、残っているのは、参議院での「地方公務員共済法改正」だけになりました。この他、わが省関係では、国民保護法制もあります。(6月1日)
今日、参議院総務委員会での質疑採決の後、本会議で「地方公務員共済法改正」が成立しました。これで、総務省提出法案はすべて成立しました。わが省関係では、国民保護法も成立しました。(6月14日)
【国会閉幕】
今日、159回国会が閉会しました。総務省提出案件(法律13本、承認案件1件)は、すべて成立しました。関係者のみなさん、ありがとうございました。(6月16日)

レーガン元大統領の国葬

6月5日に93歳で死去したドナルド・レーガン元米国大統領の国葬が、11日11時30分から、私の職場からも程近いワシントン大聖堂で行われました。ゴルバチョフ、サッチャーなどという懐かしい名前と共に、日本からは中曽根元首相が国葬に参列しました。大統領経験者の国葬としては、1973年のジョンソン元大統領のとき以来、31年ぶりです。
11日は、連邦政府機関も証券取引所も休みだったのですが、残念ながら私の職場は平常どおり。当日は、主要道路の封鎖、いつもよりずっと多い警官&パトカーの数、上空を飛ぶヘリコプターなどが、「厳戒態勢」であることを感じさせていました。
日本でレーガン元大統領の死がどのように扱われたのかは知りませんが、米国においては、レーガン元大統領の死後、氏が残した業績を検証する追悼番組、新聞の特集記事等が、「これでもかっ~」というくらい相次ぎました。毎日の新聞の2~3面以上を必ずレーガン元大統領の記事が占め、毎日のニュースでもその大部分が氏にまつわるニュースに充てられていました。
もちろん、その論調は、冷戦の終結を導いたこと、「レーガノミックス」による成果等レーガン元大統領に対する賞賛一色。「二十世紀で最も偉大な大統領に列せられる」「ベスト3に入る大統領」など、最上級の賛辞が贈られていました。
レーガン元大統領の遺体を収めた棺は、9日にカリフォルニア州からワシントンに運ばれ、連邦議会の議事堂に安置されており、11日の国葬当日まで夜を徹して一般弔問が行われました。弔問に訪れた人は全米各地から数十万人、弔問に並び始めて弔問が終わるまで6,7時間かかるとのことでした。このことからも、元大統領の死に対する米国民の感情がどれほどのものであったか、理解してもらえるのではないかと思います。
今や、レーガン元大統領のスローガンであった「小さな政府」や「規制緩和」は、日本を含む各国の政策の主流になっています。しかしながら、、私が大学で経済を学んだ1990年前後には、その経済政策は、「ラッファー曲線」という変な経済理論を基に財政赤字を急増させるとともに、貧富の差を増大させるなど(少なくとも私が大学にいたころには)どちらかといえば否定的に捉えられていたような気がします。また、レーガン時代の「強いアメリカ」を彷彿させるブッシュ現大統領の外交政策も、支持の声がある一方、多くの批判を受けているのも事実です。
11日は朝から、「3大ネットワーク」すべてが国葬の生中継していました。ミーハ-な私は、「なぜ故レーガン元大統領はこんなに人気があるんだろうか」「やはり亡くなったときにその人の悪口を言うことはないよね」などということを考えつつ、小雨の中、オフィスから少しだけ外に出て、同じように最後の見送りをする多くのアメリカ人とともに、マサチューセッツ通りを通り抜ける故レーガン元大統領を乗せた車列を眺めたのでした。