9日の東京新聞「時代を読む」で、ジェラルド・カーチス教授が、日本のソフトパワー外交について、次のような趣旨を書いておられました。
日本の伝統的外交は、世界に関する情報の収集に偏っており、日本の情報を世界に発信する重要性を認識していない。日本の国際交流基金は、イギリスのブリティシュ・カウンシル、ドイツのゲーテ・インスティチュート、中国の孔子学院に比べて、職員や海外拠点の数ではるかに劣る。日本のソフトパワーを広めるのに成功したプログラムに、JETプログラムがある。JETプログラムは外国人青年を日本に招き、小中高校で英語を教えたりする。将来への投資であり、費用をはるかに超える価値を持つ。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
消防大学校長の仕事
今日は、消防団長科の卒業式。式の後、中島みゆきさんの「ヘッドライト・テールライト」(NHKプロジェクトXのエンディングテーマ)の音楽が流れる中、在校生に見送られ、全国に戻って行かれました。
消防大学校では、消防職員(市町村の常勤職員)のほか、消防団長も受け入れています。今回、卒業された団長さんたちは、20名。平均年齢60歳です。
ご存じのように、消防団は職業を持ちながら、ボランティアで消防に従事してくださる人たちです。全国に約90万人おられます。常勤の職員は16万人ですから、その大きさがわかります。かつては、常勤の消防職員は都会しかいなくて、田舎は消防団だけでした。全国に消防署ができたのは、昭和40年代以降です。詳しくは、消防庁のホームページをご覧ください。
団長科は9日間のコースです。でも、農業なり商店なりお勤めなり、お仕事をお持ちですから、休んで入校するのは、大変なことです。もちろん、日頃の訓練や出動も、仕事を持ってのことですから、ありがたいことです。
日本のボランティア活動の中でも、元祖だと、私は考えています。しかも、危険を伴う活動です。
消防大学校長の仕事
今日は、校長による学生点検。学生全員が整列して、私が点検します。10月14日の項に、書いた通りです。月に一度、校長が点検します。ほかの週は、副校長などが点検者です。朝8時半、透き通った冷たい空気の中での儀式は、すがすがしいです。
日本の社会保障、自由主義・保守主義・社会民主主義の混合
先生は、それに続けて、次のように書いておられます。
・・一般政府支出および社会保障給付の対GDP比を見ると、日本は先進国の中ではアメリカについで低い。この点に着目すれば、《自由主義的レジーム》の要素をもつといえる。社会サービスの領域ではヨーロッパのように公的部門が提供するのでもなく、またアメリカのように市場で購入されるのでもない。伝統的に日本では、基幹産業の従業員向けの企業内福祉と家族共同体の中で提供されてきた。それによって、社会保障関係費は、低位に保たれた。
つぎに、社会保障給付の内容に着目すると、アメリカやイギリスに比べ、社会保険の比重がやや高い。しかも、より重要な特徴は、社会保険制度が産業、職業、年齢別に分立していることである。同一の属性を有する人々がお互いにリスクをシェアし、かつ助け合うという連帯志向である。この点に着目すれば、日本は《保守主義的レジーム》の要素もある。
さらに、狭義の社会保障費以外にも、福祉国家を財政的に担保している仕組みがある。日本では、大都市と地域、また近代部門と農業などの伝統部門との格差が大きい。このため所得階層間ではなく、むしろ地域間、産業間を基準にした再分配のウェートが高い。地方財政調整制度によって、ナショナル・スタンダードでのサービス供給の財源が保障されている。この点に着目すれば《社会民主主義的レジーム》の要素もある・・
財政学者の夢・持田先生
・・日本の財政は平成の「失われた10年」の後遺症ともいうべき公的債務残高の塊と格闘している。しかも貧富の懸隔は拡がり、地方は疲弊し、生命を守る医療や老後の安心を支える年金制度にも綻びが目立つ。頼みの綱となる税制はやせ細っているが、負担の問題を真正面から議論することは先送りされている。混沌と社会を覆う閉塞感を払いのけて、希望に満ちた未来へとわれわれを導いてくれる曙光が差してくるのは、一体いつになるのであろうか・・
・・問題の設定の仕方が正しければ、半分は解けたも同然だといわれる。それと同じように、財政の将来を展望するには何よりも現状をトータルに正しく把握することが必要だ。しばしば「大きな政府」か「小さな政府」なのかという形で財政の将来像が議論される。一体、先進諸国の福祉国家と比べた場合に、日本はどのような特色をもつのだろうか。
『財政学』の最終章では、高い福祉需要と低い租税負担という正反対の極の間を揺れ動きながら、財政システムが将来どのように変貌するのかを展望した。書店の本棚で手にする教科書の目次の中に、読者がこのような章を発見するのは稀であろう。
財政学者の夢とは何だろう。・・筆者にとっては、財政学という切り口から現代国家の本質と今後の行方を探ることが夢であり、目標である。そして《福祉国家財政》という観点から、この夢に近づこうとした・・
「学問は、価値判断からは、中立でなければならない」と主張する人もいます。しかし、行政や財政など、現実の社会を対象としている学問において、それは成り立たない、あるいは役に立たない議論になる、恐れがあると思います。