カテゴリーアーカイブ:政治の役割

2017衆院選、問われたもの

2017年10月31日   岡本全勝

10月25日の朝日新聞オピニオン欄「2017衆院選 勝ったのは何か」、濱野智史さんの発言「昭和の利益誘導 なお強固」から。
・・・日本はもともと、外圧でもないと変化の起きにくい島でした。黒船が来たから仕方なく近代化し、形だけ民主主義をやり始めたけれど、革命のあったフランスや南北戦争のあった米国のように、過酷な歴史を経て有権者に根づいた意識もない。だから日本の政治は、「民主主義ごっこ」のような一種の借り物でした。
戦後、その「民主主義ごっこ」を日本流の利益分配システムに仕立て上げたのが、自民党であり角栄でした。その結果、組織票か、地元でずっと応援しているから、という利害と惰性中心で、政策は二の次という支持基盤が強固になりました。都市型無党派層の私から見ると、今回の結果は既得権益に頼る地方の人々が作り上げた分配システムの勝利にしか見えないのです・・・

砂原教授、選挙制度改革論

2017年10月29日   岡本全勝

砂原庸介・神戸大学教授が、今回の衆議院選挙を振り返って、選挙制度改革の論点を整理しておられます。「「フェアなゲーム」を作るための選挙制度改革」(2017年10月23日)。
・・・折しも,前回の選挙制度改革から20年が経過し,そろそろその総括をすべき時期になっているのではないだろうか。1994年当時といえば,まだShugart and Careyの極めて影響力の強い本が出た直後くらいであって,「小選挙区制が二大政党化を促す」と言ったような非常に単純化された言説は受け入れやすかったように思う。また,1990年代に入るころまでは福祉国家もそれなりに持続的で,ということは中央政府への集権の度合いも高くなっていっており,国政の主要な選挙での小選挙区制(のみ)が他の選挙にも影響を与えることで二党制の形成を促すといったところもなかったわけではないだろう。しかしその後各国で制度の多様化が進んだことを受けて行われた選挙制度研究の発展を考えれば,衆議院総選挙だけを小選挙区制にしたことで二党制が生まれるというのは相当に無理がある議論だということはわかるし,20年してその反省を踏まえて「フェアなゲーム」のルールを考え直すべきじゃないか。
制度を見直すといっても,元の中選挙区制に戻すべきではない。前回選挙制度改革での中選挙区制に対する問題意識自体は正しかったと思う・・・
と述べたあと、論点として、(1)安易な混合制を避ける、(2)参議院の選挙制度を変える、(3)地方の選挙制度を変えることを挙げています。

また、「投票方式よりも些細なことに見える制度群の扱いも重要である」とも指摘しています。その要素として、首相の解散権、任期や選挙サイクル、選挙運動期間などを挙げています。
原文をお読みください。

リベラルの任務

2017年10月18日   岡本全勝

朝日新聞10月13日「2017衆院選 リベラルとは」、坂野潤治・東大名誉教授の「「民主化」「中道」こそ、目指した道」から。
・・・「歴史を踏まえて言葉の意味が変わっていくのは当然だ」としながらも、坂野さんは、戦後リベラルが社会の民主化を進めるという方向性を忘れているのではないかと懸念する。戦後民主主義は、憲法9条に象徴される平和主義を守ったかもしれないが、格差是正や多様性の尊重など、民主主義の課題にきちんと向き合ってきたかという問いかけでもある。
「海外に目を向けると、雇用が不安定な若者ら従来の政治ではすくい取れなかった人たちを吸引する勢力が出てきている。米国の民主党のサンダース上院議員や英国の労働党のコービン党首らがそうだ。だが日本の政党や政治家の動きは鈍いと思う」
「日本の政党政治が9条堅持か否かといった戦後民主主義をめぐる対立に終始するなら、政治と社会との乖離(かいり)が進んでしまう。今回の選挙の結果、仮に安倍1強政治が終わったとしても、この対立が続くだけなら意味がない。リベラル勢力に課された問題だ」・・・

砂原教授の本と論文紹介

2017年10月5日   岡本全勝

砂原庸介教授の著書と論文が、先週末の新聞各紙の論壇時評と読書欄で紹介されていました。9月28日朝日新聞の論壇時評(小熊英二さん)、9月30日日経新聞の論壇時評(土居丈朗さん)、10月1日の読売新聞読書欄(奈良岡聰智さん)です。すごいですね。

著書『分裂と統合の日本政治ー統治機構改革と政党システムの変容』(2017年、千倉書房)は、このページ(2017年7月9日)でも紹介しました。国政と地方政治の関係、その不十分さを指摘したものです。日本の政治のあり方を考える際に、忘れられている視点だと思います。

ドイツ、一国潔癖主義

2017年10月3日   岡本全勝

朝日新聞オピニオン欄9月27日「求められるドイツ」、ヤン・テッハウ(ドイツのシンクタンク所長)の発言から。
・・・戦後西ドイツの国家目標は、国際社会への復帰、東西ドイツの統一、経済の再建、そして戦争を二度と起こさないことでした。ドイツは半世紀かけ、これらの目標をすべて達成したのです。
その要因は、戦後一貫してドイツの国際政治を特徴付ける「戦略性の欠如」です。「国益」を考えないこと、と言い換えてもいい。国際社会の厳しい現実に目を向けずに済んでいたのです。
戦後の国際社会にとっての「ドイツ戦略」は、隣国を攻撃させないこと、欧州共同体(EC)など西欧の枠組みに組み込むことでした。ドイツの国益を考えない「控えめさ」が、「国際社会復帰」という国益をたまたまもたらしたのです・・・

・・・では、どうしてドイツはこうした「政治的戦略」に疎かったのか。
ドイツは、2度の世界大戦での敗北から「歴史的に間違った側に立ちたくない」という意識が強い。加えて、国土が何度も戦場になってきた。三十年戦争(1618~48年)もその一つ。そして、西ドイツ時代は主権が制限され、安全保障は米国任せ。外交は「欧州を大事にする」と言っていればよかった。だから「一国潔癖主義」に閉じこもっていられたのです。
そうした時代は終わりを告げようとしています。第一に、ドイツは経済的に指導力を持ち、その発揮を欧州も望んでいる。トランプ政権が生まれ、米国の欧州への関与も関心も減るでしょう。これからは、ドイツ人が避けてきた地政学を学び、「戦略」を見定めなければなりません・・・

戦前の膨張主義と敗戦を経験して、戦後日本は、一国平和主義、一国繁栄主義に閉じこもっていました。その日本にとって、ドイツはお手本、あるいは鏡です。
もちろん、ヨーロッパの情勢とアジアの情勢とは、異なります。