カテゴリーアーカイブ:社会と政治

科学者の行政への助言

2011年8月21日   岡本全勝

8月18日の日経新聞経済教室に、吉川弘之東大元学長が、原発事故をめぐる科学者の役割について、「科学、統合的知性の創造を」を書いておられました。
・・3月11日以降、新聞、テレビには多くの専門科学者が登場したが、その解説の内容は一致せず多様であった。これらの科学者の解説努力の結果は、一般の人々の不安を増大することとなった。
さらに問題なのは、事故対応の行動者に対する科学者の助言である。行動者とは、事故現場で働く作業者、作業指示者、電力企業、機器企業、自治体、政府などであり、その決定と行動が、原発事故の進行や地域の人々の避難などに影響を与える。行動者の行動が事故の収束に有効なものであるために、原子力発電に固有の専門的知識を持つ科学者の知識を結集する助言が必要だったはずである・・
科学者の助言には、工学研究者が企業技術者に行うような同じ領域内での専門的助言と、行政への助言のように専門内にとどまらない公的決定に対する社会的助言という2つの場合がある。原発事故への助言は社会的助言である・・
この社会的助言は「独立で、偏りがなく、そしてどの学派も代表しない」という中立的助言でなければならないとの考え方が、欧米では定着してきている。これは欧米において生命倫理、遺伝子組み換え食品、BSE(牛海綿状脳症)などの困難な経験を通じて、科学アカデミーと社会との間で合意に到達したルールである。もし上記の考えに従わず、一人ひとりの科学者が自己の考えをそのまま助言すれば、学会の中での学問上の対立が社会に持ち込まれて、社会的紛争を拡大してしまう。
わが国でも、公害、薬害、食品衛生、干拓、ダム建設などにおける科学者間の解釈の違いが政策決定の差異を強化して社会的紛争を激化させ、被害や社会的損失を拡大してしまった例が多くあるが、残念ながらこれらから学ぶことがなかった・・

先生は、さらにいくつも重要な論点を、指摘しておられます。原文をお読みください。

経済のグローバル化と日本文化

2011年8月1日   岡本全勝

岩波書店PR誌『図書』8月号、原研哉さんの「北京から眺める」から。
・・日本は千数百年という歴史を持ちながらも、明治維新を契機に西洋文明を全面的に受け入れた。これは文化史的に見ると一つの挫折であるが、そのおかげで、近代国家として西洋列強に浸食されない国としてすれすれの体裁を保つことができた・・
・・明治に日本を置き忘れ、工業化によって風土を汚したといっても、そのままで済ますわけにはいかない。千年を越えて携えてきた文化は、そう簡単に捨て去れるものでもない・・
・・ふすまや障子のたたずまいは、空間の秩序のみならず、身体の秩序、すなわち障子の開け閉てや立ち居振る舞いという、躾けられた所作に呼応して出来上がってきたものだ。いかに美しく、そしてささやかなる矜持を持って世界に対峙し、居を営むかという精神性と一対をなしている・・
・・経済がグローバル化すればするほど、つまり金融や投資の仕組み、ものづくりや流通の仕組みが世界規模で連動すればするほど、他方では文化の個別性や独創性への希求が持ち上がってくる。世界の文化は混ぜ合わされて無機質なグレーになり果てるのを嫌うのだ
・・幸福や誇りは、マネーとは違う位相にある。自国文化のオリジナリティーと、それを未来に向けて磨き上げていく営みが、結果として幸福感や充足感と重なってくるのである・・

国勢調査速報

2011年6月30日   岡本全勝

総務省が29日に、2010年国勢調査速報を公表しました。30日の日経新聞朝刊が、1面で概要を伝えていました。なかなかショッキングな数値が並んでいます。
人口は少し減少したほぼ横ばいです。総人口が減少するのは、初めてです。65歳以上の高齢者は23%で、世界最高を更新しました。15歳未満の子どもは13%で、これも世界最低を更新しました。労働力人口はさらに減少しました。
女性の労働参加を示すM字カーブ(出産子育てで働く女性が減る傾向)は、かなり改善されています。

悲観論が、日本をさらに悪くする

2011年6月21日   岡本全勝

朝日新聞19日の別刷りGLOBEに、アメリカの投資会社会長ウィルバー・ロスさんの「震災でも揺るがぬ技術力、成長への楽観取り戻せ」が載っていました。
・・1980年代から90年代の初めまで、日本人はやる気とエネルギーに満ち、誰もが日本の成功を確信していた。欧米諸国は真剣に日本に脅威を感じたものだ。あれから日本人の心理にいったい何が起きたのか。
バブル崩壊後の長期停滞で、日本の若者には成功体験がないから、とも言われる。だが私自身、大恐慌が尾を引く時代に生まれ、20年代の米国の繁栄を体験していない。それでも、我々の世代は楽観的だった。大恐慌でも前へ進もうとする「精神」は死ななかった・・なぜ日本の若者はこれほどまでに失望しているのか。悲惨さでいえば、第2次大戦の焼け野原からすべてを始めた彼らの親より上の世代は、もっと大変だったが、もっと楽観的だった。前に進む意欲があった。その子どもたちは将来を悲観している・・
日本の若い世代の「憂鬱」は震災が起きる前から続く現象だ。リーダーたちは何とかして、彼らが再び誇りを感じられるように、高いことを成し遂げたいと感じられるように差し向けなければならない。悲観主義の下では大きな経済成長は望めない・・
経営者が意気消沈していたら、その下で働く人たちにやる気を出せといっても難しい。日本人が必要以上に将来を悲観し、落胆していることに、日本が抱える問題の多くの原因があると思う。日本人には高い職業倫理と技術力がある。ほんの少し米国流の楽観主義を導入すれば、可能性を引き出せるのではないか・・

同感です。指導者や経営者は、悲観論やあきらめを示すのではなく、若者に元気な姿を見せるべきです。そして、マスコミも自虐的な悲観論を増幅したり、第三者的な批判を繰り返すことを止めて欲しいです。もちろん嘘はいけませんが、第三者的批判と悲観論からは、何も生まれません。批判をするなら、代案を出さなければ。

政府を信じない、でも信じていた

2011年5月26日   岡本全勝

(政府を信じない、でも信じていた)
朝日新聞5月24日夕刊に、しりあがり寿さん(4コマ漫画、地球防衛家のヒトビトの作者)が、次のようなことを書いておられます。
・・その時、ボクは思いました。そうかボクたちはずいぶん大きな賭に負けたんだなあ・・絶対安全なんてこの世にないことはわかっちゃいるけど、危険を訴える人がいるのは知っていたけど、まさかあの原発がこんなことにはならない方に賭けていた。
政府や企業は都合の良いことしか言わないことはわかっていた。だけど多少のごまかしがあっても、自分たちの生活を脅かすほどのことはない方に賭けていた・・