カテゴリーアーカイブ:社会と政治

危険な任務の命じ方。命令、要請、自発。2

2014年6月14日   岡本全勝

これに関連して、かつて「公務員のスト権」について議論したことを、思い出しました。国家公務員と地方公務員は、ストライキが禁止されています。しかし、業務の内容を見たら、民間企業の中に、もっと国民生活に不可欠な部門=ストをされたら困る部門があります。
サービスの提供が停まると、個人の生活や社会の活動に大きな被害を及ぼすものです。たとえば、電気やガスの供給、銀行や通信、運輸のシステム、医療などです。そこで、公益事業については、ストをする場合に、事前の届け出が必要です(労働関係調整法)。医者の場合は、病人が来たら診察義務があります(医師法)。事前にストがあるとわかっておれば、国民も予定を立てて備えることができます。計画停電は、東日本大震災の直後に東京電力が実施しました。もっとも今の社会では、通信会社がストをして電話や電子メールが使えないとなると、大変なことになるでしょう。
しかし、もう一つ、より深刻な部門があります。危機管理や危機対応の部門です。例えば、ガス漏れを修理に行くガス会社の部門、電力会社の原発運転部門、民間病院でも救急部門などです。ガス漏れを修理に行く部門がストをしたら、ガス漏れがあったときに大災害を招きかねません。原発運転部門が予告どおりストをして、そのときに事故が起こったら、大変なことになります。このような場合の備え(法的規制)は、どうなっているのでしょうか。また、インターネット上でサイバー攻撃などを監視して、ソフトに穴があったらそれを防ぐ仕事をしているIT会社も、今や重要な危機対応部門です。
なお、冒頭に「公務員と比べたら」と書いたのは、これらの業務に比べて、××省の職員給与を計算する部門や統計部門などは、重要ではありますが、少々ストをしても国民生活には直ちには影響はないだろうということです。

危険な任務の命じ方。命令、要請、自発

2014年6月13日   岡本全勝

朝日新聞6月10日、「思想の地層」小熊英二さんの「法の支配と原発。残留の義務、誰にもなかった」から。福島第一原発が水素爆発を起こしたあと、3月15日の朝のことです。
・・報道では、(原発)所員の無断撤退が問題とされた。しかし本来、民間企業の従業員に、こうした状況で残れと命令する権利は誰にもない。拒否する権利、少なくとも辞職する権利は、保障されなくてはならない。
このとき所員の9割は無断撤退したが、約70人が残留した。欧米では彼らを「フクシマ50」と呼んだ。それは勇敢さを称えたからだけではない。そんな状況で所員を働かせる人権無視に驚いたのである。
あるドイツ在住者は、当時の新聞投稿で、この問題への欧州人の反応をこう記している(本紙2011年4月11日「声」欄=東京)。「民主主義の先進国で、これが可能なんて信じられない。ドイツ人ならみんな、残って作業するのを断るだろう」「欧州なら軍隊は出動するかもしれないけど、企業の社員が命をかけて残るなんてありえない。まず社員が拒否するだろうし、それを命じる会社は反人道的とみなされる」
軍人は死ぬ可能性のある命令でも従う旨を契約しているから、政府が軍の核対応部隊などに残留を命令できる。だがそんな契約をしていない民間人に、残留を命じる権利は誰にもないし、またそれに従う義務もないのだ・・

メディアに踊らされ、妥協を許さない国民

2014年5月30日   岡本全勝

講談社のPR誌『本』6月号、加藤陽子先生と高木徹さんの対談「国際メディア情報戦と日本人」から。
・・加藤 国内向けの顔と海外向けの顔ということで言うと、歴史的に見て、日本人は中間案とか妥協案をつくるのがすごく不得意な国民だと思います。仮にそういう案でトップが決断しようとしても、国内が許さない。極端に言えば、0か100しかない。
1941年の日米交渉で懸案となったのは日中問題でした。日中間は、1937年以降ずっと交渉途絶だったように見えますが、裏面では蒋介石の許まで和平交渉のパイプは届いていました。しかし、すべて失敗に終わります。日本内部で軍や外務など政治主体の足並みが揃わなかったからです。
吉野作造は1932年10月3日の日記に、リットン報告書は、客観的に読めば、欧州の正義の常識を書いたもので日本にも十分宥和的な案なのだと書いています。けれども、国民としては、希望的な観測を書き散らしたメディアのせいで、ずっと良い案が出ると思っていたわけですね。ですから、トップが妥結しようとしても国民が許さない・・

日本人の海外雄飛と引揚げ。その記憶と継承

2014年5月11日   岡本全勝

東京大学出版会PR誌『UP』5月号、加藤陽子先生の「敗者の帰還と満洲体験」から。
・・タイトルの「敗者の帰還」とは、太平洋戦争終結時に海外にいた軍人約367万人、民間人約321万人、合計約688万人(数値は終戦連絡中央事務局政治部「執務報告 昭和21年4月15日」による)が、日本本土へと復員・引揚げをおこなった事態を指している・・
・・山本有造編著『満州―記憶と歴史』(京都大学学術出版会、2007年)によれば、終戦時の人口の実に約8.7%にものぼる人々が引揚げを体験した。ならば国民の引揚げ体験は、日本の戦後思想に大きな影響を与えたといえよう・・
・・(加藤聖文氏の論考)いわく、日本の近代とは、日本の歴史始まって以来の人口移動が見られた時代であった。日本人は、台湾・朝鮮・満洲といった植民地や傀儡国家の他、日本占領下にあった中国大陸沿岸部の諸都市に渡って行き、大量の開拓移民としても海を越えた。しかし、「外地」へと雄飛した約330万人のこれら日本人は、1945年8月の敗戦を機に、引揚げ者として「内地」に帰還し、その後は帝国日本を形成していたはずの「外地」について、その記憶を急速に忘却してしまったのではないか。
常に受動態で語られ、自らの外部には目を向けようとしない日本人の引揚げの歴史を相対化すること。このような問題意識は、加藤氏の専論『「大日本帝国」崩壊―東アジアの1945年』(中公新書、2009年)に、より明確に表れている。人や組織の持つ本質はその最期に現れる、と加藤氏は喝破した。国民国家・日本の生き残りを賭けた戦後処理の過程で日本人は、それまでの帝国・日本に包摂されていた諸民族の「その後」を忘却したのではないか・・
このことに関して、私たちは無関心でした。それに関連して、戦後の混乱のなかで、引揚げ者や戦災で焼け出された人、戦災孤児たちに、政府(行政)は何をして何をしなかったか。勉強したいと思っているのですが。
また、戦前・戦中の日本のエリートたちは、海外特にアジアを、ふだんから視野に入れていたと思います。もちろんそれは、今から考えると、ゆがんだ形だったのでしょうが。その頃の会話や議論を見てみたいです。そして、戦後、一挙に内向きになった変化についても。

生命倫理をどう議論するか。政治と生命倫理、2

2014年4月30日   岡本全勝

そして、もう一つこの問題が提起していることがあります。それは、専門家に任せておけないということです。
まず、科学一般について、科学者や技術者に任せておけないということが、原発事故でわかりました。核分裂によって大きなエネルギーが取り出せること、そしてそれをうまく制御すれば役に立つことまでは、科学者と技術者に任せておけば良いです。しかし、それを実際に建設し運転するか、運転する際にはどのような安全装置をつけるか。それを専門家任せにはできないことが、今回の事故で示されました。もちろん、私たち素人が審査や検査をする訳ではありません。誰にどのように委ねるか。それを決めるのは、国民であり政府であり、国会です。
よく似た例を上げれば、軍隊は専門家集団です。戦闘を素人が行うわけにはいきません。しかし、その編成や出動範囲を、政府が監督する必要があるのです。シビリアン・コントロールです。それと似ているでしょう。警察についても、同様です。
さて、今挙げた例は、専門家集団に委ねなければならないが、その管理と制御は政治が行わなければならないということです。

他方、何をもって人の死と認めるか。どこまで延命治療は認めるのか。遺伝子はどこまで改変して良いのか。これらは、基礎的事実は専門家の説明に頼るとして、その判断を国民が決めなければならないという、もう一つの専門家に任せられない問題です。
そこには、どこで線を引くのかという一般的な判断が、一つあります。そして、自分の家族がそのような状態になったときに判断を迫られるという個別の避けられない判断の、二つの問題があります。
前者については、政府や国会で決めなければなりません。しかしこれは、これまで政治が扱ってきた、安全や公平や経済といった課題ではなく、どちらかといえば避けてきた問題です。科学者や経済学者に意見を聞いて決めるというものではないのでしょう。また、どこに専門家がいるのでしょうか。医者ではないでしょう。彼らは技術については意見を述べることができますが、人の命を決めるといった判断はできません。哲学者も、これまでの議論を整理してはくれるでしょうが、「各人が考えることです」と答えるでしょう。相談できる専門家がいるとしたら、宗教家でしょうか(出版物を検索すると、医学部で哲学者が教えている例があるようです)。
後者については、出生前診断結果で、おなかの赤ちゃんに異常が発見された場合に、生むのか生まないのか。寝たきりの家族が苦しんでいる場合に、どこまで延命治療を続けるのか。いずれにしても、専門家に任せるだけではすまず、あなた自身の判断が求められます。原発稼働の問題や戦争については、「私は素人なので、政治家に任せます」という言い逃れもありますが、延命治療や人工中絶については素人であろうがなかろうが判断を迫られます。