カテゴリーアーカイブ:政治の役割

政策を支える知的基盤・政策共同体、2

2014年6月11日   岡本全勝

もう一つは、「戦略文書の機能」についてです(p49)。
・・日本においては以前より、防衛大綱だけでなく、米国の国家安全保障戦略をモデルとした国家安全保障戦略に関する文書を策定すべきであるとの主張が少なくなかった。今回、国家安全保障戦略についての上位文書が初めて策定され、安全保障政策についてのベースが形成された。ただし、文書は単に文書に過ぎない。特に国家安全保障戦略は、防衛大綱や中期防と異なり、具体的な資源配分に結びつく文書ではないため、単なるレトリックに終わってしまう危険性は無視できない。
例えば、経営戦略論と安全保障戦略論の双方を分析した経営コンサルタントのカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授リチャード・ルメルトは、その著書『よい戦略、悪い戦略』の中で、米国のブッシュ政権が策定した2002 年の国家安全保障戦略について、単に希望としての目標を並べたウィッシュリストに過ぎず、現実的な目標を達成するための具体的な手段が記述されていないことを指摘し、戦略と呼ぶに値しないと批判している・・
・・第1 期オバマ政権において、NSC の北東アジア担当上級部長を務めたジェフリー・ベーダーは、退任後2012 年に発表した回顧録の中で、NSC、国務省、国防省が定期的にグローバルな戦略を発表してきているが、それらは実際の危機に際して参照されることはほとんどないとし、かつ現実の政策決定は、戦略文書に基づいて行われるのではなく、その場その場の戦術的な決定の蓄積として行われるとして、こうした戦略文書について批判的な考え方を示している。
また、ブッシュ政権においてディック・チェイニー副大統領の安全保障担当副補佐官を務めたアーロン・フリードバーグは、『ワシントン・クォータリー』2007 年冬号に寄稿した論文「米国の戦略立案の強化」の中で、戦略立案(プランニング)プロセスの目的とは、一つの包括的な文書を策定することでも、各種の課題やさまざまな有事に対応する計画群を作成することではなく、行政府の政策決定者に対して適切な判断材料を提供し、戦略的な意思決定を支援することであると指摘している。
彼は、ドワイト・アイゼンハワー大統領が「計画(プラン)は無駄だが、計画立案(プランニング)は不可欠である」と述べたことを引用しながら、何らかの文書を作成することそれ自体よりも、計画立案プロセスを通じて、重要な政策決定に関わる関係者たちに、どのような意思決定を行う必要があるのか、その際にどのような要素を考慮する必要があるのかといったことを広く認識させていくことの方がはるかに重要であると論じているのである・・
戦略文書を作ることは、一つのアウトプット(結果)です。しかし、ある目的を達成する過程としてみるなら、それはインプット(入力)でしかありません。アウトカム(成果)は何なのか。それを問う必要があります。公務員が陥りやすい失敗は、ここにあります。

政策を支える知的基盤・政策共同体

2014年6月10日   岡本全勝

防衛省の防衛研究所が、『東アジア戦略概観 2014』を公表しています。この分野は私の専門ではないので、内容については、本文を読んで頂くとして、今回紹介するのは、「知的基盤」と「戦略文書の機能」についてです。
まず、知的基盤について、国家安全保障会議の設置を評価した上で、次のように述べています(p43)。
・・国家安全保障会議および国家安全保障局はあくまで、日本の安全保障政策を質的に「進化」させていく上での前提となる組織であり、それによって日本の安全保障政策における戦略性が自動的に高まっていくわけではない・・
・・現在進められている安全保障政策における改革が実現した後で必要になるのは、これまでのように「進化」の「入口」としての組織や法制の在り方を議論することではなく、日本の安全保障と地域の安定を達成する上で必要な政策課題そのものを深く議論し、使用可能な政策手段を組み合わせていくことである。そのためにこそ、国家安全保障戦略、2013 年防衛大綱および2013 年中期防のいずれにおいても強調されている知的基盤の充実が重要となる。しかしながら、日本の知的基盤を支えるシンクタンクや人材の層は、英米豪に比べて脆弱である。まさにこの分野における努力こそが、今後の日本の安全保障政策において、これまでよりもはるかに重要な意味を持つことになろう・・
私は、ここで述べられている知的基盤を、「政策共同体」と呼んでいます(例えば、2005年9月11日)。その政策分野の専門家、すなわち官僚、学者、研究者、マスコミが意見を交換し、ある程度の共通認識を持つ「場」です。簡単な指標は、専門誌と学界があり、マスコミに解説が書ける記者と研究者がいることでしょうか(政策専門誌について例えば、2010年4月12日)。大学に講座があり、シンクタンクがあれば、より安定的、本格的です。
地方行財政にはあるのですが、霞ヶ関の各分野には、必ずしもそろっていないようです。現場と研究者、そしてそれを広報・解説する者がいなければ、政策は現実性を失い、他方で先見性を失います。現場と研究者の交流と、国民への周知が必要なのです。
少し話題は広がりますが、イギリスBBCがいくつもの言語でニュースを流しています。では、日本でそれができるか。そのためには、それを支える、現地の事情や言語に通じた関係者が必要です。そしてその人たちが「食べていける」だけの、条件が必要なのです(2006年欧州随行記3)。

野党の役割

2014年5月21日   岡本全勝

毎日新聞5月2日論点「あるべき野党の姿は」、宇野重規先生の「世界と日本、見取り図示せ」から。
・・政党政治の祖国といえば英国だが、一朝一夕に仕組みができたわけではない。後に自由党と呼ばれるようになるホイッグ党が、名誉革命をへてウォルポール首相の下で内閣を形成するまでに、30年は経過している。単に与野党があるばかりでなく、政権交代を含めて責任ある政治の仕組みが定着するには、それほど時間を要する。
哲学者のヒュームが面白いことを言っている。重要なのはむしろトーリー党(後の保守党)であった、というのである。野党に転落した後、彼らは単に権力を奪回するだけでなく、野党として権力を批判することが英国の自由にとって重要であることを学んだ。各政党が、権力と自由の両方の視点をもつことが肝心だというのが、ヒュームの教訓である。
自民党が野党期間に何を学んだか、あるいは政権を失った民主党がいま何をしているのかは、ここでは論じない。肝心なのは、政権交代以前の与野党関係にはもう戻れないということだ・・

市場を機能させる政府の役割

2014年5月20日   岡本全勝

青木昌彦先生の『青木昌彦の経済学入門―制度論の地平を拡げる』(2014年、ちくま新書)から。この本は、先生の制度論の入門書になっていますが、それについては別途書くことにして。ここでは、2000年に行われた、フリードマン教授との対話から。
・・社会主義体制が崩壊した時、ロシアは、国営企業を民営化し、市場の自由化に踏み切りました。しかし、ロシアの経済改革は難航し、10年間で国民総生産(GDP)が約40%も低下しました。失敗の原因は明らかです。市場経済においても、政府には果たすべき重要な役割があるのです。ロシアでは政府が契約や知的財産権の保護という基本的な機能において無力となり、マフィアがそれにとって代わりました。
20世紀後半の10年から導き出される重要な教訓は、政府も市場機能を高める重要な役割を担っているという点にあります・・
政府の役割を、私なりに再検討したことがあります。「行政構造改革」。経済学の教科書は、このようなことは書いてありません。政治学や行政学の教科書も、触れていません。時間ができたら、もう一度挑戦します。そのために、本を読んだり、メモを作ったりしているのですが・・。
復興における政府の役割の変化も、その一つです。宗教との関わりも、そうです。社会の変化によって、公助の範囲が広がりつつあります。「社会のリスクの変化と行政の役割」。他方で、公の担い手が広がっている(政府の独占ではない)ので、旧来の行政の役割(の観念)は、変更を迫られています。

敗戦国への支援、戦後を設計する責任

2014年5月18日   岡本全勝

5月17日の朝日新聞オピニオン欄、ジェフリー・サックス氏の「国家の対立を超えて」から。
「教授は1991年のソ連崩壊後のロシアの資本主義化や新しい国づくりに、ロシア政府の経済顧問として関与しました。現在のロシアの『製造者責任』があるのでは」という問に対して。
・・たしかに私はロシアを支援すべきだと考え、国家再建に関わりました。ところがその困難な時代のロシアを、米国はじめ西側は十分に支援しなかった。これがロシアの西側への不信感を生んだのです。1990年代、ロシアは経済的に追い詰められていました。インフレに苦しみ、外貨もなかった。私は負債の支払い猶予や金融支援を米国政府などに提案しましたが、受け入れられませんでした。理由はよくわかりませんが、敵対視していたことや自国の財政負担が大きいこと、大統領選挙への影響などを考えた結果でしょう・・
「体制変革の夢はなぜ、ついえたのだと思いますか。新しい秩序をつくるのは難しいのでしょうか」という問に対して。
・・第1次大戦後、戦勝国は敗戦国のドイツに多額の賠償を求め、厳しくあたりました。経済学者のケインズは、勝者が敗者を痛めつけたら、将来さらに深刻な政治問題に発展するだろうと警告したのですが、残念ながらそれは(第2次大戦という形で)現実化した。言いたくないのですが、米国が当時のロシアを支援しなかったのは間違いでした。これが米ロの溝を深めてしまいました。
ですから、もし現在のロシアの「製造者責任」があるとしたら、当時のブッシュ大統領でありクリントン大統領です。西側がもっと賢明な対応をしていたら、現在のような関係にはなっていなかったでしょう・・
ソ連が崩壊し、ロシアが市場経済を導入しようとしたときに、西側諸国は、ロシアに市場経済を導入するための「教師」を送り込みました。しかし、その際の混乱、その後の経済困難を十分に支援しなかったようです。
第1次大戦後の処理の際に、ドイツに過酷な負担を求め、それがヒットラーの台頭を許したとの反省があります。それを踏まえて、第2次大戦後は、戦勝国特にアメリカが敗戦国を支援しました。日本と西ヨーロッパです。その例と同様に、旧共産主義国を経済的にもっと支援する枠組みもあったでしょう。東西冷戦での「敗戦国」への支援です。そうすると、ロシアなどのその後は、違った結果になっていたでしょう。歴史上のイフです。
冷戦に勝ったことを持って良しとするのか、自由主義と資本主義を導入するための支援をするだけでなく、経済立ち直りまでを支援するのか。勝者には、(敗者への支援を含めて)次の世界を設計する責任が生まれます。それは、国際政治だけはありません。