製造業の位置づけ

6月17日の日経新聞The Economist、「世界経済を損なう「製造業幻想」」から。
・・・世界中の政治家たちが工場に固執している。トランプ米大統領は、鉄鋼から医薬品に至るまで、あらゆる製品の製造業者を国内に呼び戻そうとして、関税障壁まで設けている。
英国は製造業者に対し、エネルギーにかかる経費を補助することを検討している。インドのモディ首相は、長年続く産業補助金制度に加え、電気自動車(EV)メーカー向けに新たな優遇策を導入した。ドイツからインドネシアまで、各国・地域の政府が、半導体や電池のメーカーへの支援策の導入を検討してきた。
しかし、こうした世界的な製造業回帰の動きが成功する見込みは乏しい。むしろ、得るものよりも失うものの方が大きくなる可能性が高い。
各国政府が国内製造業に熱意を注ぐのには、さまざまな狙いがある。西側諸国の政治家は、高賃金の工場労働を復活させ、かつて工業地帯が誇った栄華を取り戻そうとしている。途上国は、雇用だけでなく経済発展も促したいと考えている・・・
・・・そして、こうした動きの背景には、中国の圧倒的な製造業の優位がある。各国は、恐怖と羨望が入り交じった気持ちで中国の強力な製造業に向き合っている。
雇用の創出、経済成長の促進、供給網の強靱化はいずれも追求すべき重要な政策目標である。だが、製造業の振興によってこれらを実現しようとする考え方は、政策の方向性を誤っている。製造業重視の発想の根底には、現代経済の構造に対する本質的な誤認がある・・・

・・・一つは、製造現場における雇用に関する誤解である。多くの政治家は、製造業の振興によって大学を出ていない労働者に就労機会が生まれると考えている。発展途上国では、地方から都市に移住した人々への雇用提供の手段として期待されている。
だが、工場の仕事は今や高度に自動化されている。世界全体では、製造業の生産額は2013年から5%増えたにもかかわらず、雇用は2000万人、率にして6%も減少している。生産現場の雇用規模が縮小するなかで、すべての国がより多くの取り分を得ることはできない。
今日の生産ラインで生まれる良質な仕事の多くは、技術者やエンジニア向けのものであり、いわゆるブルーカラー労働者向けではない。現在の米国の製造業において、大卒資格のない労働者が担う生産現場の職は、全体の3分の1に満たない・・・

・・・もう一つの誤解は、経済成長には製造業が不可欠だという考えである。インドで国内総生産(GDP)に製造業が占める比率は、モディ首相が掲げる25%という目標をおよそ10ポイント下回った状態が続いている。しかし、インド経済は力強い成長を続けている。
一方、中国は再生可能エネルギーやEVなどの分野で製造業が支配的な地位を築いたが、国全体としてはここ数年、経済成長目標の達成に苦戦している・・・

・・・製造業信仰には、もう一つ根深い幻想がある。中国の工業力は国家主導型の経済によって生み出されたものであり、ゆえに他国も同様に広範な産業政策で対抗すべきだという考え方だ。
実際、中国はさまざまな形で市場をゆがめてきた。21世紀初頭の中国は、当時の発展段階に照らして異例とも言える規模の製造業を展開していた。だが、そうした時代はすでに終わった。
中国も13年以降の世界的な製造業雇用の縮小から逃れることはできなかった。中国の製造業就業比率は、米国経済が同じような発展段階にあった頃の水準と同程度であり、他の先進国の過去の水準と比べても低い。
中国が世界の製造業付加価値の29%を占めているのは、その戦略というより経済規模の大きさによるものだ。長年にわたる急成長を経て生まれた巨大市場が今の中国の製造業を支えている。
技術の革新がさらなる革新を呼び、ドローンや空飛ぶタクシーなどの「低空経済」と称される新産業が、まもなく離陸しようとしている。しかし、中国の財輸出の世界GDPに対する比率は06年以降に大きく増えたが、中国経済に占める輸出の割合はむしろ半減している・・・