尾身茂さん、専門家への非難

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第6回(3月6日)「前のめり」から。今回も、貴重な記録です。

・・・私たち専門家の役割はあくまで感染状況の分析と採るべき対策についての提言で、対策の最終決定は政府の役割である。
しかし、私自身、首相の記者会見への同席を要請されるなど、情報発信において前面に出ざるを得ない状況が続いた。「専門家がなんでも決めている」という印象を与えてしまったようだ。
緊急事態宣言は海外におけるロックダウン(都市封鎖)とは違い罰則など法的拘束力はなかった。人々の間で未知のウイルスへの不安感が共有され、人と人との接触が大幅に減り、感染拡大による医療逼迫も短期間で収まった。
半面、経済活動や社会生活への負の影響もみられた。私の元には殺害を予告する脅迫状が届くようになった。
「ルビコン川」を渡った時点で何らかの批判を受けることを覚悟はしていたが、まさか命を脅かされるとまでは思いもしなかった・・・

・・・新型コロナの流行はしばらく続く。しかも長期戦になるだろう。5月25日の緊急事態宣言の解除を機に私たちは「前のめり」という指摘を踏まえ、第1波の対策の何がうまくいき、どこが問題だったかを検証する必要性を感じた。
「卒業論文」と称した検証の原案の冒頭には「我が国では危機管理体制が十分でない」との一文を盛り込んだ。するとこの文言が政府批判と受け止められたようだ。専門家会議として発信したかったが、厚生労働省や内閣官房から了解は得られなかった。

6月24日午後、専門家会議構成員一同という形で公表した。厚労省の記者会見室を使うことはできず、日本記者クラブでの会見となった。文言も「我が国では危機管理を重要視する文化が醸成されてこなかった」に変えた。
会見も終盤にさしかかったころ、記者から突如、こんな質問が飛んできた。「たった今、西村(康稔)担当相が記者会見で専門家会議を廃止すると発言しました。ご存じですか」
私はとっさに「知らなかった」と答えた。同じ日の同じ時間帯に会見を開き発表するとは正直、驚いた。
2つの会見がたまたま重なったか、否か。私にはわからない。3月以降、大臣とは毎日のように顔を合わせてきた。人柄からして意図的にそうしたとは思えなかった・・・