政治家による官僚人事

1月27日の朝日新聞オピニオン欄、嶋田博子・京都大学公共政策大学院教授の「官僚の忖度、いつから?」が、勉強になります。ぜひ原文ををご覧ください。

・・・伝家の宝刀・人事権を使い、霞が関を支配してきたとされる安倍、菅両政権。官僚側の過度な忖度(そんたく)や萎縮も問題となっている。なぜ、「政と官」はこんな関係になったのか。人事院の元官僚で、人事政策とその国際比較を研究する嶋田博子さんは、英国をモデルにした平成の「政治改革」にその伏線があるという・・・

――菅義偉首相は、選挙で国民の審判を受けた政治家に反対する官僚は異動してもらう、と明言しています。
「最近の米国の研究では、多数決原理だけでは実現できない公益がある、との指摘があります。もし『選挙で勝った政権はすべてを託されている』といった選挙万能主義があるなら、それは日本独特と言えます。英国では、『選挙独裁』とも呼ばれるこの課題を克服しようとする仕組みもあります」
――それは何ですか。
「下院にある特別委員会です。政府の監視・チェックなどを目的とする超党派の委員会で、たとえば政官関係に懸案があると、この特別委が調査し、報告書をまとめ、政府は60日以内に回答しなければなりません。そっけない回答が多いのですが、さらなる証拠を求められる可能性を見越して政府が慎重になるため、政府に対する有効な牽制として機能している、とする研究者の分析もあります。実際、現ジョンソン政権の前のメイ政権では、官僚への高圧的言動、理不尽な要求を禁じる文言が大臣規範に加えられました」
――なぜ英国では、議会がそこまで政府に対峙できるのですか。
「議会には、与野党を問わず、内閣を生み出した立場として内閣を監視し続ける責任がある、という自覚があるのです。べつに官僚を擁護しているわけではありません。内閣も、権力の行使には自重、抑制的である姿を示すことが国民の信頼獲得につながり、中長期的にも有利との考えがあります」

――政治改革で、英国から導入されなかった要素は他にありますか。
「政治家は官僚の人事に介入しない、という原則です。19世紀からの政治的伝統で、政官がともに仕事をするからこそ、官が政に臆せず進言できるようにする、との理由からです。具体的には、事務次官以下の高官の職能要件をあらかじめ公開して公募し、各省次官や外部有識者らでつくる委員会が各省ポストを選考しています」
「これと対照的なのが米国の政治任用制でしょう。米国では、大統領と官僚が一緒に働く以上、大統領が信を置く人物を選ぶという発想です。ただし、もともと議会や最高裁が大統領を強く牽制できるシステムになっています」
――英国では、政治家が「官僚の人事に介入したい」という誘惑には駆られないのですか。
「それが時々あるんです。キャメロン政権は12年、大臣が事務次官を選べるようにしたい、と提案しました。ところが下院の特別委が賛同しない見解を示し、上院からも『それは国家のオウンゴールになる』との声が上がりました」
――英国も試行錯誤を続けている、と。
「その通りです。初めから理想的な正解があるとは考えておらず、絶えず見直しを続けています。こうした柔軟性は、日本も学ぶところがあります」

――そうした海外の制度・ルールから、日本の参考となる点はあるでしょうか。
「官邸が各省の幹部人事を一元管理する内閣人事局が14年にせっかくできたのですから、主要ポストについては、どんな能力・経験が求められるかを政治の側があらかじめ具体的に示しておく、といった改善が図られてもよいのではないでしょうか。そうして透明性を高めておけば、人事で何らかの問題が起きた時、その妥当性を事後にチェックできます」
「現状では、人事の決定がブラックボックスなので、官僚も疑心暗鬼になり、上司の顔色を気にしがちになります。日本は英米のように転職容易な労働市場でもないため、政治家の不興を買うことを先回りして避けようとするのです。これは内閣人事局ができる前からありました」