『100年かけてやる仕事』

小倉孝保著『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(2019年、プレジデント社)を紹介します。イギリス学士院が、100年かけて完成させた、中世ラテン語辞書の話です。

ラテン語といえば、古代ローマ帝国で話されていた言葉、そしてその後も、西ヨーロッパでの共通語であり、ローマ教会で使われていた言葉です。
ところが、長い時間の間に、またそれぞれの地域で、ラテン語が変化します。そりゃそうでしょう、千年もの間に、同じ形とが続くとは思えません。最も大きな変化は、スペイン語、フランス語、イタリア語への変化です。もっとも、ここまで変化するとラテン語とは言えません。
マグナ・カルタも、中世イギリスのラテン語で書かれています。しかし、これまでラテン語といえば、古代ローマ時代が正しく、その後の変化は「格下」と見られていたようです。使い勝手の良い、頼りになる辞書がなかったのです。

100年前のイギリスで、中世ラテン語辞書を作ろうという話が持ち上がり、1913年に学士院が事業として始めます。
ところが、最初の半世紀は、ボランティアによる単語集めです。かつては、教養とはラテン語を理解することでしたから、市井にラテン語がわかる人がたくさんいたのです。日本での漢文と同じです。
後半の半世紀で、専任の編集者を置いて、編集と出版に取りかかります。敵は、つぎ込んだ予算に対する成果を求める学士院です。その辺りの苦労は、本書を読んでいただきましょう。
残念ながら、前半のボランティアによる単語集めは、生存者がおらず、インタビューできていません。100年とは、それだけの時間です。

日本の辞書制作の話も、出て来ます。あらためて、諸橋大漢和辞典は、偉業ですね。