吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』(2018年、岩波新書)が勉強になりました。吉見・東大教授が、1年間、ハーバード大学に滞在し講義をした際に、考えたことをまとめたものです。
大きく2つのことが、書かれています。一つは、ボストンで見た、アメリカ社会です。表題にあるように、トランプ大統領を生んだ社会背景、そしてトランプ現象はどのように社会を変えているかです。もう一つは、ハーバード大学と東大との違い、アメリカの一流大学と日本の一流大学との違いです。それぞれに、深い学識に裏打ちされた、鋭い分析です。

かつて、日本にとって、あこがれでありお手本であったアメリカ。豊かさ、自由、平等、民主主義、それを支える市民と社会。しかし、それがいまや、うまく行かなくなっています。
経済産業構造の変化により、一部の大金持ちと多くの貧困層とに分化します。産業空洞化は、工場労働者を失業に追いやります。そして、一生懸命働けば豊かになる、戸建ての家が買えるというアメリカンドリームが、消えてしまいました。建国以来、頑張れば両親より豊かになれたのが、そうならなくなったのです。大量の移民の流入と合わせて、希望の持てない階層が増えたのです。
貧困と格差は、民主主義や安定した社会を内部から、基礎から崩してしまったのです。治安の悪化、薬物依存・・・。自由と民主主義のお手本であったアメリカを支えていたのは、その精神とともに、豊かさだったのです。そして、いままで隠されてきた問題や亀裂が、表に出て来たのです。
アメリカンドリームは、アメリカの問題に変わってしまいました。

産業構造の変化は、日本にも押し寄せています。昭和の終わりごろから、農業が衰退し、加工組み立て工場はアジアに移転しました。移民はまだ少ないですが、コンビニや居酒屋などでは、外国人労働者が増えています。バブル崩壊後は、一生懸命働いても、豊かになれないことが現実になりました。
アメリカの姿が、日本の未来予想図になるのか。そうしないためには、どうすれば良いのか。
産業構造の変化とともに、一人暮らしと高齢者が増える家族の変化、孤立や孤独といった社会でのつながりの希薄化、子供の貧困に見られる格差など、これまでの日本社会の安定を支えてきた条件が変化しています。
大災害のように一挙に起きる大変化でなく、毎日少しずつ変化する緩慢な変化です。気がついた時には、大変化が起きているのです。
事前に対応する。例えば、高齢者の増加を見通して、介護保険を2000年から実施しました。これがなかったら、高齢者は困難な生活を強いられたでしょう。
先に挙げた社会の基礎条件の変化に対し、社会の安定を守るために、意識と制度をどのように作っていくか。政治家と官僚の構想力が試されています。
大学の違いについては、別途書きましょう