カテゴリーアーカイブ:社会

新型コロナ風評被害、ハンドドライヤー

2025年4月22日   岡本全勝

4月5日の朝日新聞「コロナ5年 今考える」2「風評被害 根拠なく使用禁止、消えぬイメージ」。ハンドドライヤー製造販売会社社長、井上聖一さんの発言から。

新型コロナ流行時、トイレで使用禁止になったハンドドライヤー。この対策は、明確な根拠なく決まり、禁止が続いた。ハンドドライヤーの製造販売を手がける「東京エレクトロン」(神奈川県)の井上聖一社長(74)は、今も影響は続き「風評被害で、人生が大きく変わってしまった」と語る。

――今の会社の状態は?
売り上げは、今もコロナ禍前の半分ほどです。ハンドドライヤーは年間2500~3千台ほど売れていたのが、コロナ禍はほぼゼロに。2023年5月にコロナが感染症法の5類になった後も回復しきらず、去年は700~800台ほどでした。今は売り上げの3分の2が、ハンドドライヤー以外です・・・
コロナが世間で注目されるようになった頃は、ビジネスチャンスだと思ったんです。というのも、09年の新型インフルエンザ流行時には、ハンドドライヤーの売り上げが年1千台以上も増えました。新型コロナでもそうなるだろうと、韓国の関連企業に増産を指示し、中国から300台を緊急輸入しました。
おかしいなと思ったのは、少し経って「エアロゾル感染」が報じられるようになってからです。

――20年5月に政府の専門家会議は業種ごとの感染防止ガイドラインをつくるよう提言。その中の「留意点の例」に「ハンドドライヤーは止める」と記載され、各業界団体のガイドラインのほとんどに使用禁止が盛り込まれました。
レンタル解約の連絡が止まらなくなり、新規の注文もゼロに。倉庫には在庫の山ができました。
調べてみると、WHO(世界保健機関)は手を洗った後はハンドドライヤーなどを使って乾かすべきだとしていましたし、禁止したのは日本だけでした。

――なぜ禁止になったのだと?
当時はまだ新型コロナは未知のウイルスで、社会の不安が大きかったのは分かります。それでも、専門家が何の実験も検証もせずに禁止を勧めたことには今でも憤っています。禁止になると死活問題になる会社があることを全く考えていなかったのでしょうね。
国を訴えようと顧問弁護士に相談しましたが、費用と時間がかかりすぎるので諦めました。まず、ハンドドライヤーが感染につながらないことをアピールするため、実験をしました。

――その結果は?
ハンドドライヤーを介して手から手にウイルスが移ることも、風でウイルスが飛散することもないというものでした。会社ホームページに報告書を載せ、誰でも読めるようにしました。

――政府は22年10月になってようやく、ガイドライン見直しのポイントに「ハンドドライヤーは、使用できる」と明記しました。
5類移行の検討が話題になった頃から、少しずつ注文が入るようになってきました。ただ、移行後にどっと増えるかと思ったらそうはなりませんでした。悪いイメージが定着してしまったのだと思います。

正社員の転職100万人

2025年4月18日   岡本全勝

3月23日の日経新聞に「正社員の転職が最多、24年99万人 若手ほど賃金増加」が載っていました。
・・・正社員の転職が増えている。2024年は99万人と前年から5%増え、比較できる12年以降で最多となった。20代後半から40代前半が多く、より良い待遇の企業に移る例が多い。企業は賃上げや職場環境の改善を続けなければ優秀な人材を囲い込めなくなっている・・・

記事によると、2013年頃の正社員から正社員への転職は60万人程度で、10年間で6割増えています。非正規社員から正社員への転職は32万人で、増えていません。
年代別に見ると、25歳~34歳が最も多く、次が35歳~44歳です。転職で賃金が増えた人は20代前半では5割、減った人は2割います。年代が上がるにつれて、賃金が増えた人の割合は減り、50代後半からは減る人の方が多くなっています。

宗教と霊性と

2025年4月14日   岡本全勝

3月23日の朝日新聞文化欄「無宗教でなぜ占い?見いだした価値 スピリチュアリティで「自分」肯定」から。

・・・日本人は無宗教と言われる。統計数理研究所の国民性調査で「信仰や信心」をもっていると答えた人は18年で26%だった。特定の宗教を信じていると職場や学校で公言する人も少ない。
しかし、それでも初詣には行き、葬式では手を合わせる。宗教と意識はされないが、科学的ではない占いやパワースポットを信じる人もいる・・・

・・・宗教学者の岡本亮輔さんは、宗教を信仰、所属、実践という三つの面から分析する。神道であれば、地域社会といった所属や、初詣などの実践も含んでいる。信仰の面からのみ宗教を捉えることは適当ではないという。
宗教学では占いや瞑想(めいそう)法などを「スピリチュアリティ」という分野として、考察の対象とする。「かつての宗教は、教団という共同体への所属で信者に安心感を与える面もあったが、スピリチュアリティは所属の要素を限りなく減らし実践に特化した宗教と言える」
宗教学者の伊藤雅之さんによると「サラダバー型宗教」とも表現されるという。伝統的な宗教は、教義の体系をパッケージとしてそのまま受け入れることを信者に求めた。しかし、身体の実践に特化するヨガなど、宗教のうち好きなところだけを選び取ることが好まれるようになった・・・

・・・占いやヨガ、瞑想、パワースポット巡りなどさまざまな実践を含むスピリチュアリティに通底するのは、「大自然や守護霊、内なる自分など、不可視の存在と神秘的なつながりを得て自己を高められるような体験」だと伊藤さんは説明する・・・
・・・なぜそうまでして人は宗教的な何かを信じるのだろう。岡本さんは「宗教」がなくならない理由として、自分がコントロールできないことへの不安を解消したいからだと説明する。その最たるものは死だ。「合理的なものでは軽減できない不安に応える非合理的な機能を宗教は担ってきた。人間に根源的な不安がなくならない限り宗教はなくならない」・・・

完璧を求めない社会

2025年4月13日   岡本全勝

4月13日から、大阪・関西万博が開催されます。報道機関が大きく報道しています。私は、準備の遅れについてが、興味深かったです。

NHKウェッブ「大阪・関西万博 きょう開会式 あす開幕 準備の遅れなど課題も」(4月12日)が次のように伝えています。
・・・海外パビリオンについては、参加国がみずから建設する42のパビリオンのうち、ネパールは、内装工事などが進んでおらず、開幕に間に合わない見通しであることが関係者への取材で分かっています。協会が建設するなどしたそのほかのタイプの海外パビリオンについても、数か国で準備が遅れていると見られています・・・

関係者は困っているでしょう。
かつてなら、少しでも遅れれば、あるいは欠陥があると、上司は部下を叱責し、自らの責任を重く感じました。社会も大騒ぎしました。「準備で遅れが出たら、徹夜をしてでも、期日までには間に合わせる」。これを、日本の長所だと、自慢にもしていました。
しかし今回は、かつてのように大騒ぎせず、淡々と受け止めているのではないでしょうか。労働者や資材の不足は、いくら徹夜してもどうにもなりません。
もちろん期日に間に合うこと、完璧に準備ができることが望ましいです。でも、展覧会で少々遅れが出ても、世の中にそんなに悪影響を与えませんよね。

日本社会にあった「過度に完璧を求めること」「間に合わせるために、精神主義で頑張ること」が緩和されるのはよいことです。
日本が成熟社会に入ったことの現れかもしれません。ただし、命に関わることについては、こんな悠長なことを言ってはこまります。しかし、新型コロナウイルス感染拡大で見られたように、全ての患者に完全な医療を提供することも不可能です。どこかで折り合いをつける必要があります。

肥大化するプライバシー

2025年4月9日   岡本全勝

3月16日の読売新聞言論欄、小松夏樹・編集委員の「「秘密」の定義 際限なき拡大」から。
・・・2005年に個人情報保護法が全面施行されてから20年がたつ。同法には個人情報の利活用を図る目的もあるのだが、急拡大したデジタル空間は情報悪用への懸念という「体感不安」を増大させ、重点は保護に傾いた。「私的な秘密」といった意味合いだった「プライバシー」も、氏名など基礎的な個人情報と同一視されはじめ、その概念の肥大化が進む。そこに負の側面はないのか・・・

・・・個人情報は、氏名などそれ自体か情報同士を照合すると個人が識別できるものを主に指し、範囲は広い。人種、障害、病歴など差別や偏見を生みかねない「要配慮個人情報」は特に扱いに注意すべきだ。住所、電話番号などの基本的情報や、登記簿など公開情報もある。
個人情報やデータは社会生活や、国・自治体、企業の活動を円滑に運ぶために不可欠だ。個人情報保護法は情報を適正に流通させるための“保護利活用法”でもある。ただ利活用の面は一般には理解されにくく、医療現場で患者情報が共有できない、災害の行方不明者が公表されないなどの過剰反応を招いた。影響は今も続く。
同法は、情報化社会の進展を追って改正を繰り返しており、私たち個々人に関するきまりなのに、全容を把握しているのは一部の専門家くらいに思える。複雑さや難解さは「個人情報には触らない方がいい」という短絡的思考を招く。
報道、著述、宗教、政治の活動の場合、個人情報を正当な目的で授受するのは本人の同意がなくても同法の適用除外だが、これも広く知られているとは言い難い。
同法は「自己情報コントロール権」に基づくとの考えもあるが、最高裁は明示していない。的確に定義しないと、政治家が「私の情報はすべて私がコントロールする」などと主張しかねない・・・

・・・「個人情報=プライバシー」ではない。だがネット空間では名前すら「秘すもの」になってきた。
個人情報保護法により、ネット空間での保護も進んだはずだが、肌感覚は違う。日本プライバシー認証機構が昨年行った「消費者における個人情報に関する意識調査」では、企業などの個人情報の取り扱いに不安を感じる人が約7割に上った。
これは企業と個人が持つ情報の巨大な格差や、一種の「情報搾取」が一因だろう。電子機器が必須の生活では、例えばスマホのアプリの利便性と引き換えに個人情報を差し出さざるを得ない。総務省によれば、米、独、中国に比べ、日本人は自分のデータを提供しているという認識が薄く、半ば習慣化している。そしてテック企業は膨大なデータを保持する。
蓄積されたデータは瞬時に世界に拡散し、生成AIは情報を大量に取り込んでいる。情報の悪用と被害も絶えず、名前を隠したい、と考えるのも無理はない。
悪用する側は闇サイトで名簿を売買するなど、個人情報保護を歯牙にもかけない。他方、まっとうな企業や医療・介護・教育現場は個人情報の遺漏なきよう人手やシステムに多大なリソースを割き、業務が圧迫される・・・