カテゴリーアーカイブ:仕事の仕方

働き方改革を時間で語るな

2026年3月16日   岡本全勝

2月22日の日経新聞「直言×労働臨界」は安永竜夫・三井物産会長の「働き方改革 時間で語るな」でした。ウェッブ版では違う見出しになっています。

・・・高市早苗首相の「働いて、働いて」発言で関心が高まる働き方改革。「企業側が残業を過度に抑制している」(高市首相)という主張に対し、「改革に逆行」(連合の芳野友子会長)と議論が白熱する。日本貿易会の安永竜夫会長(三井物産会長)は外国人材の活用も念頭に「時間基準の働き方改革の議論はもうやめよう」と訴える。

―2015年の電通社員の過労自殺が社会問題となり、日本は19年施行の働き方改革関連法などを通じて、残業規制を厳格化した。どんな影響をもたらしたか。
「長時間労働で起きたひずみを発端に進めてきたが、結果的に海外に比べて生産性は上がっていない。長時間労働に賛成するわけではないが、時間だけに焦点を当てた議論はもうやめるべきだ。海外の働き方を基準に個人に裁量を持たせた働き方を模索すべきだ」
「欧米は月単位ではなく、1年など長期単位で達成すべき仕事を設定する。業務が山場の時期は集中して働き、仕事が達成できた時には『2週間休んでいいよ』という裁量を持たせる世界だ。そんな働き方の海外企業と仕事をする機会が増えるなか、日本の管理規制型の働き方はそぐわない」
「健康管理などバックアップ体制が前提だが、仕事をしたい時は徹底的に仕事をしないと達成感は生まれない。日本はそもそも祝日が多く、みんなが一斉に休む。全員が同じパターンで仕事をするのは変だ。自分の休みは自分で取ればいい」
「日本の経済成長の速度は遅く、どんな業種でも新しい仕事を作るのは海外だ。中堅も海外展開する企業が伸びている。社員の労働生産性を最大化するためにも、海外と同じように働き方を変える必要がある」

―短時間労働に慣れた若い世代には裁量労働への反発が予想される。
「若い人は自分のやりたいことをやるために、早く自分のキャリアパスを達成したいのではないか。社会人としてのベースを広げたいのに『午後5時半で帰りなさいはおかしい』と考える若者が比較的多いと思う」
「裁量労働といっても好きなだけ働くわけではない。導入する上で組織として大事なのは一人ひとりの役割・タスクを明確にすることだ。ボールにみんなが群がる子どものサッカーではダメだ。全体像を把握し、各組織・チームで最適な働き方を考える必要がある」
「大きな組織やプロジェクトであるほど、自分が何をしているのか見えなくなる場合も多い。社員に業務の達成感を感じてもらうため、『君の仕事は全体の中ではこんな大事な業務を担当している』と因数分解して説明し、責任範囲をはっきりさせる必要がある」
「日本は同調圧力が強い国だ。だが『上司がいるから帰れない』といった昭和発想の人はかなり減った。働き方改革を見直す中で『労働時間を増やせ』という圧力も出てくるかもしれないが、昭和に戻ってはいけない。時間軸の発想から脱し、生産性を最大化する働き方は何か企業が考え、変えなければならない」・・・

危機に求められる女性リーダー?

2026年2月25日   岡本全勝

2月8日の読売新聞「あすへの考」、小久保みどり・立命館大特任教授の「女性よ 危機こそチャンスだ」から。
・・・女性の社会進出に関する障壁を「ガラス」に例える言葉がある。有名なのは「ガラスの天井」だが、昨年10月、憲政史上初の女性首相が誕生した際は、「ガラスの崖」が話題になった。組織が危機的状況に置かれた時、女性がリーダーに選ばれる傾向があることを指す。
組織心理学を専門とし、緊急事態にある組織のリーダーシップについて研究してきた立命館大の小久保みどり特任教授は、15年前にこの言葉に関心を持ち、国内で調査を進めてきた。国際的にみて、特に政治、経済分野で「指導的地位」に就く女性の割合が低い日本。「危機の時は女性にとってチャンスでもある」と語る小久保さんの考察から、女性リーダーを待ち受ける障壁の正体と打開策を考える・・・

・・・「ガラスの崖」という言葉は2005年、英国の大学の研究者の論文で初めて使われました。「ガラスの天井を破ってイギリスを代表する企業の取締役に就いた女性たちは、業績に多大な損失を与えた」。そう指摘した新聞記事に疑問を感じた研究者が、株価のデータや女性が取締役に任命された時期、その前後の業績などから事実関係を検証しました。その結果、関係は逆でした。女性が取締役に就いたから業績が悪くなったのではなく、業績が悪くなった時に女性が取締役に選ばれていたのです。
誰がリーダーになっても失敗するリスクが大きく、いつ足場が崩れるかわからない「崖っぷち」の状況で、女性にリーダーの役が回ってくる。そんな状況を「ガラスの崖」と名付けました。これまでよく耳にしてきた「ガラスの天井」は女性がリーダーになる道を阻む、透明の強固な壁で、同じ「ガラス」でも意味が異なるのです。
「ガラスの崖」現象はあちこちで起きています。不祥事が相次いだことを受け、22年に日本大学理事長に林真理子さんが就任したのはその一例でしょう。海外では、新型コロナウイルス禍に首相官邸で催したパーティーを巡る不祥事で辞任した首相の後を継いだ、リズ・トラス元英首相らがいます。彼女の在任期間はわずか49日でした・・・

・・・(「ガラスの崖」現象が生じる)要因の一つは、現状維持を望み、変化を避けようとする心理の裏返しです。歴史を振り返ると、男性リーダーが多かったため、組織運営が順調である限り変化の要求はなく、男性をリーダーに選びます。しかし、男性が組織を危機的状況に陥れた場合、女性をリーダーに選ぶことで現状を変化させようとするのです。
リーダーの特性に対する固定観念も影響しています。「自信がある」「意志が強い」などの「作動性」という特性は、多くの人が思い浮かべるリーダー像です。これは男性の特性とも認識されがちで、成果を上げている組織では作動性を持つリーダー、つまり男性を選ぶ傾向があります。
一方、女性の場合、「思いやりがある」「温かい」などの「共同性」という特性を持つと思われています。危機や変化にさらされると、仲間を励まして共に行動できるような共同性のあるリーダーが求められ、女性が選ばれやすくなります・・・

反論は3度目に、2

2026年2月3日   岡本全勝

2月1日の「反論は3度目に」について、肝冷斎が教えてくれました。「礼記」曲礼上に、次のようにあるとのことです。

為人臣之礼、不顕諫、三諫而不聴、則逃之。子之事親也、三諫而不聴、則号泣而随之。

人臣の礼たる、顕諫せず、三たび諫して聴かれずんば、すなわちこれを逃る。子の親に事(つか)うるや、三たび諫して聴かれずんば、すなわち号泣してこれに随う。

臣下のやり方としては、あからさまな諫言はしてはならない(隠喩でしなければならないんです)。三回諫言しても言うことを聞いてくれなかったら、その国(会社)を去りなさい。子どもが親に仕えるときは少し違います。三回諫言しても言うことを聞いてくれなかったら、大声を出して泣きながら親の指示に従わねばなりません。

反論は3度目に

2026年2月1日   岡本全勝

成沢光著『現代日本の社会秩序: 歴史的起源を求めて』(1997年、岩波書店)、138ページに、次のような記述がありました。江戸時代、武家社会に作法や規律がどのように広められたかを書いた章です。暴力を生業としていた武士が、平和な時代に宮廷のような作法を求められます。
・・・上司の命令が理不尽な場合、二度までは反論せず、作法通り挨拶し、三度以上に及んで初めて目付に申し出るべきところ、違反した者は処分された・・・
出典は、氏家幹人著『江戸藩邸物語ー戦場から街角へ』(1988年、中公新書)とのことです(この本も読んだけど、覚えていません。本もどこに行ったかなあ)。

私は旧自治省に採用された際に、先輩から「起案の処理などに不満があったら、二度までは異論を言ってよい。三度目は、はんこを押すか(同意するか)、辞職するかを選べ」と教えられました。何度も異論を唱えましたが、勇気がなくて、一度も辞職しませんでした。総理大臣の前では、異論を言うのは一回にしました。
この武士の作法と少し異なりますが、「二度は耐えよ」という点では、共通しています。今から思うと、「すぐに熱くならず、頭を冷やして考えよ」との意味があったのだと思います。

私なら、「まずは、同僚などに相談してみよ」と助言します。その上司に直接言っても、相手にしてもらえない場合もあります。上司が間違ったことをしていたら、指摘しても聞き入れてもらえないでしょう。本人が故意に違法行為をしていたり、あるいは部下に指摘されて気づいたりする場合もあります。いずれにしても、自分の間違いを認めたくはありません。
『現代日本の社会秩序: 歴史的起源を求めて』については、別途、紹介したいと思います。

居は気を移す

2026年1月25日   岡本全勝

市町村職員中央研修所学長を退いてから、主な執務場所が自宅の書斎になりました。
以前も、書斎でも執筆をしていたのですが。難しい書類などは、勤務先で読んでいました。なぜか、その方が集中できたのです。「酸素が多いから」(空間が広いから)と説明していましたが、職場は仕事をするところという観念が、気持ちをそのように向けるのだと思います。
居間には広い机があるのですが、ここでは執筆や読書には身が入りません。食事をしたりテレビを見る場所と、体が覚えているのでしょう。朝食の後、キョーコさんに紅茶やコーヒーを淹れてもらって、数メートル先の書斎に「出勤」しています。やる気を出すためです。

「居は気を移す」という言葉があります。住む場所や周りの環境によって、心の持ちようや考え方が変わってくるという意味とのことですが、私流に言えば、「場所によって気分が変わる」ですね。
しかし、職場のようにはいきません。自宅は誘惑が多いことです。職場のように「仕事以外のことはしてはいけない」という拘束がありません。パソコンでも、職場なら仕事以外のページを見ることはできないし、見るには気が引けますが、自宅書斎なら気になりません。読書に集中するなら、パソコンの画面を落としておくこともできますが、パソコンで文章書いているときは、誘惑の海に囲まれています。そして、数歩歩くと居間に行けます。読みたい本も、たくさんあります。
もう一つは、通勤は生活にリズムを生むことです。外出や移動をせず家にいると、のんべんだらりとなってしまいます。メリハリがつかないのです。

「居は気を移す」は、肝冷斎によると、もっと広く深い意味があるようです。「大哉居乎(孟子)