居は気を移す

2026年1月25日   岡本全勝

市町村職員中央研修所学長を退いてから、主な執務場所が自宅の書斎になりました。
以前も、書斎でも執筆をしていたのですが。難しい書類などは、勤務先で読んでいました。なぜか、その方が集中できたのです。「酸素が多いから」(空間が広いから)と説明していましたが、職場は仕事をするところという観念が、気持ちをそのように向けるのだと思います。
居間には広い机があるのですが、ここでは執筆や読書には身が入りません。食事をしたりテレビを見る場所と、体が覚えているのでしょう。朝食の後、キョーコさんに紅茶やコーヒーを淹れてもらって、数メートル先の書斎に「出勤」しています。やる気を出すためです。

「居は気を移す」という言葉があります。住む場所や周りの環境によって、心の持ちようや考え方が変わってくるという意味とのことですが、私流に言えば、「場所によって気分が変わる」ですね。
しかし、職場のようにはいきません。自宅は誘惑が多いことです。職場のように「仕事以外のことはしてはいけない」という拘束がありません。パソコンでも、職場なら仕事以外のページを見ることはできないし、見るには気が引けますが、自宅書斎なら気になりません。読書に集中するなら、パソコンの画面を落としておくこともできますが、パソコンで文章書いているときは、誘惑の海に囲まれています。そして、数歩歩くと居間に行けます。読みたい本も、たくさんあります。
もう一つは、通勤は生活にリズムを生むことです。外出や移動をせず家にいると、のんべんだらりとなってしまいます。メリハリがつかないのです。

「居は気を移す」は、肝冷斎によると、もっと広く深い意味があるようです。「大哉居乎(孟子)