自民党と官僚の協働の揺らぎ

8月18日の日経新聞経済教室、五百旗頭薫・東京大学教授の「政官の知恵を生かす体制とは」から。

・・・1990年代に自民党は下野し、一連の政治改革が行われた。小選挙区を中心とする選挙制度を衆議院に導入して政権交代の可能性が高まり、また首相・官房長官と官邸官僚のチームによる官邸主導でトップダウンの統治が可能となった。
だがこれまでのところ、自民党または自民党を中心とする政権が長く続いている。選挙制度の影響で野党が分裂しやすいことに加え、自民党の党内ガバナンスが野党よりも相対的に強固で、首相の性格と状況に応じて「与党事前審査制型」と「官邸主導型」の2種類の政官ミックスを使い分けられるからでもある。これを戦前とは形を変えた一国二制度と考えれば、その慣性は実に強いといえる。

ところが今、一国二制度の脈動が停止し、凍りついたかのような感覚がある。一国二制度の前提が揺らいでいるからではないか。
第1に、エリート間の信頼が弱体化している。既成エリートを激しく批判する新しい政党が台頭し、自公は衆参両院で少数与党に転落した。第2に、官僚の統治能力の優位が縮小した。予算と人手が削られ疲弊している上に、急拡大中のデジタル経済ではプラットフォーム企業の持つデータとノウハウにかなわない。
第3に、文明化の内実が変容している。インターネットで情報が大量に生産・拡散され、私たちの深く理解して覚える努力と確実な典拠で確認する意欲とを圧倒しがちだ。文明の理性的側面が空洞化しつつある。

第1の変化に対しては、正確な将来見通しをもとに、世代間で公平な負担を求めることでエリートへの信頼を回復すべきである。
第2の変化に対しては、官邸への忖度と国会対応から官僚を極力解放して中立性を高め、官民人事交流による民間の人材・知識の吸収を促すべきである。既存メディアがこれらの動向を冷静に論評・報道することが、第3の問題への対応となろう。

いずれも即効性はなく、ポピュリズムが一度勝利する時が来るかもしれない。ただ私は、一国二制度がまた本能的に脈打ち始める時も来ると思っている。その時に向けて、ポピュリズムに不安を抱く国民の受け皿として、先述した3つの柱を備えた政治社会を用意しておいたほうが心臓によかろう・・・