徴兵制

7月7日の読売新聞「竹森俊平の世界潮流」「迷走の露 苦肉の徴兵」から。

・・・米国の本格的徴兵制度は1940年に始まったが、ベトナム戦争が長期化した60年代、この制度により米国の若者が自分の意思と無関係にクジ引きで選ばれてアジアの密林の戦場に送られたことが深刻な社会問題を生み、ニクソン大統領は就任早々、徴兵制撤廃を検討した。そうした状況で経済学者フリードマンと米陸軍参謀総長ウェストモーランドとの間で有名な議論が交わされた。
徴兵制をやめれば、金銭目的の貧困者だけが軍隊を目指すという意見のウェストモーランドはこの時、「『 傭兵 』による軍隊を自分は率いたくないので、徴兵制撤廃に反対する」と発言した。
それに対するフリードマンの反論がすごかった。「閣下、それではあなたは『奴隷』による軍隊をお望みですか」。米国自身の存亡がかかっているわけでもない戦争に意思に反して若者を駆り出す政策を、生粋の自由主義経済学者は「奴隷制度」に例えたのだ。

徴兵制度を実施する場合、「自分の意思と無関係に国民を軍隊に送る」ことは回避するべきだという認識は、歴史の中で定着していった。
そのような軍隊は戦闘能力が低いか、ローマ帝国時代の剣闘士の蜂起や1917年のロシア革命のように反乱の温床となるからだ。実際、徴兵された兵士中心の軍隊が誕生したのは一般市民に政治への関与を認め、国防の動機を与えたフランス革命の時だった。
19世紀以降、「敗戦」を経験した国々、1810年代のプロイセン(1806年のナポレオン軍への敗北)、1870年代の日本(1853年の黒船来航)、1880年代のフランス(1871年のプロイセンへの敗北)などでは徴兵とともに初等教育制度が大幅に拡充された。福沢諭吉が「学問のすすめ」で述べた「一身独立して一国独立する(国防の重要性を自分で認識できる知能のある国民がいて、初めて国の独立が可能になる)」という思想を政府が共有し、国民の意識向上の手段として初等教育を見直したからだ。

大経済学者にやりこめられたウェストモーランドだが、「徴兵制撤廃は傭兵による軍隊を生む」という予想は正しかった。1980年代以降、民間軍事会社(PMC)が拡大したのだ・・・