吉田裕著『日本軍兵士』

吉田裕著『日本軍兵士』(2018年、中公新書)が勉強になります。太平洋戦争において、日本軍の兵士がいかに劣悪・過酷な状況にあったかが、数字と証言とで明らかにされています。

戦争を書いたものには、いくつかの分野があります。戦争の推移。戦闘の記録。軍の指導者による戦記もの。戦艦や戦闘機の闘いの記録。戦略や戦闘の成功と失敗。これらの「戦記」でなく、兵士や国民の状況を明らかにした、社会史的なものが増えています。
前者は指導者層から見たものが多く、軍事作戦が主な対象となります。そしてしばしば、負け戦については詳しくは書かれません。その点、戸部良一ほか著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(1984年。1991年、中公文庫に再録)は、日本軍の失敗を分析した名著です。
後者にあっては、沖縄戦、本土での大空襲、原爆被害などが、非戦闘員である国民の悲劇を明らかにしています。戦争では、政治指導者や軍人は功績を求め、兵士や国民は過酷な状況に追い込まれます。政治や軍事的観点から見ていると、戦争の本質を見失います。

それらに対し、この本は、勇ましいかけ声の下で、十分な食料も与えられず、医療や衣服なども不十分なままで死んでいく兵士の実態を、明らかにしています。栄養失調や伝染病だけでなく、精神を病む兵士が続出します。また、足手まといになる傷病兵を、自殺に追い込んだり殺害します。

客観的事実に基づかない精神主義、無謀な突撃、長期戦を想定していない戦略、食糧を補給せず「現地徴発」という名の略奪・・・。これらの戦争指導の下で、多くの兵士がそして一般民が、犠牲になるのです。
読んでいて、気分が暗くなります。戦争映画や漫画が、いかに一面的に描いているか。勝者の立場から見ていると、敗者や被害者の立場を忘れてしまうことがよくわかります。もちろん、映画や漫画は娯楽であり、楽しくなるように描くのでしょうが。そのようなものだけを見ていると、戦争の実態を見失います。

新書版という軽い形の書物ですが、内容はとても重いです。戦争を学ぶ際の、入門書の一つだと思います。