象形文字「チセンチャン」

象形文字「チセンチャン」
「センセイ、地仙ちゃんの文字ができまちたよ~、ほらほら」
と突然地仙ちゃんが呼びかけてきます。
「ナニができたんだって・・・」
 先生はメンドウくさそうです。春先でぽかぽかしているので反応が鈍いのです。地仙ちゃんは○とか□で作られたヘンな図形が書かれている紙を嬉しそうに見せてくれました。
「はあ・・・。で、このナニはなんと読むの?」
「チセンチャン、と読んで、カワイイとかニンキモノとかいう意味なの。どうかちら?」
「どうかしら、と言われてもねえ。文字というなら、その文字の音価と伝達する意味について、少なくともそれを用いるひとびとの合意が必要だからねえ・・・。まあ、そのナニは「地仙ちゃん」を表しているようには見えるので、字前記号の一種というべきかな」
「ジゼンキゴー? なに、ちょれ? 食べるモノ?」
「文字ができる前に、特定の意味を持たせて使われた記号のことだよ。文字ができる以前の情報伝達方式として、縄の結び方や石の置き方に一定の意味を持たせることがある。「太古の民は縄を結んで文字の代わりにしていた」と『周易・繋辞伝』にも書かれている。
そういう遙かな過去のことをよく覚えていたもんだね。・・・そのような文字以前の伝達方式の一種として「字前記号」というのがあるんだ。神の像に刻み込んで「なになにの神様」という意味を持たせた神名記号や土器や青銅器に刻み込んで「なになに族の持ち物」という意味を示す族符記号などのマークだね。「物」(ブツ)という文字はもともとこう いう記号のことを指したという説もある。
 最近は考古学的な立場から、「井」「良」「舌」などこれまで象形文字と考えられていた字の多くが実は「字前記号」からできたんじゃないか、という説も出されている。
 ①はその典型例の一つである「亜」(ア。「次順位」というような意味)という文字。 十字架みたいだね。通説ではひとの背中が曲がっている様の象形、というのだが少しムリ だ。ある説によればこれは「お墓の石室の象形」だとされていて、死者の祭儀を掌るひとを指すことになり、そういうひとが軍隊にもいたので、「にくむ」という意味を生じ、「悪」という文字を構成した、という。
 この説も大変オモチロいが、②の図形を見てほしい。これは「亜字形図象」と言われるモノ。大昔の青銅器などに人の名前を示すものとしてたくさん描かれている。「亜」に当たる図形が特定の一族を示していて、その中に書いてある記号がさらにその一族の中の個人を指しているのだ、というのが字前記号の方の考え方だ。この「亜」族が古代王朝で占めていた地位を想像すれば、「次順位」という意味や軍隊における地位を示す理由も説明できる。オハカの象形という説とも矛盾はしないね。
 ついでに、「卍」(マン、「すばすちか」)は仏教が使っていた生成を意味するマ-クからできた文字とされているが、チュウゴクでは仏教伝来の何千年も前からこのマ-クが神像などに使われている。何かが生まれてくる場所、ということについて人類共通の図像イメ-ジがあるのかも知れないね。・・・このヘンはユング心理学の世界になってくるけ ど、漢字という文字は古代のひとの使っていたモノがそのまま今も使われているので、形を見るだけで一定の感情を換起する力があると言われるんだよ」
「チセンチャンも形を見るだけでカワイイ・ニンキモノってわかるでちょ」
と地仙ちゃんは誇らしげに言っています。