「下宿人のページ」カテゴリーアーカイブ

私のHPには、下宿人が二人います。というか、いました。(歴史遺産)

コボルトその3

精霊の至宝
 欧州ではむかし、ネコは「魔女の使い魔」として虐待されていたのです。例えば、何処の村でも一年に一回、ヨハネの火祭りという大焚き火大会が行われるのですが、その際ネコを捕まえてきまして、籠に入れて焚き火の上から棒でつるして燻して最後は焼き殺す、というザンギャクな行為が行われていた地方もあるのです。おおコワイ。
 社会が進歩したので、そんなザンギャクなことは止めましたが、欧州とはいえ中世のひとは、かわいいペットを虐待するという劣ったひとたちだったのですね。
 さて、お祭りの翌日、焚き火の後の燃えカスをあさっているオンナのコがおりました。
「モノゴイのコだろうか、かわいそうに」と同情する必要はありません。そのオンナのコはコボルトちゃんなのです。焚き火で焼かれたおイモのシッポでも残っていないかと探しているのでしょう。でも食べられそうなものは何も見つかりません。
「今日は収穫なしでちゅかね」と諦めかけたときです。
「あり? これはナニかちら?・・・あ、おほほほー」 とヘンなモノを見つけました。手のひらに入るほどの大きさの円盤ですが、煤を払うと、表面には大きなネコのメがついていて、下向きにぶら~んと舌が伸びています。
「これは秘宝ネコメイシではありまちぇんか。なるほど、昨日アレをやったのね」
 猫目石とは、恨みを抱いてチんだネコのタマシイが、固体化して作られるという宝石です。コボルトちゃんはネコメイシを拾って嬉しそうに巣穴に帰っていきました。
 翌日から、コボルトちゃんはネコメイシをネックレスにしてお出かけです。キモチ悪いとかカッコ悪いと思うのはシロウトの浅はかな考え。すごいチカラを持っているのです。
「またどっかで戦争でもやっているのかちらね、お供えモノが全然ありまちぇん。でもネコメイシを手に入れたからもう大丈夫。アレをちた人たちに同情の余地はないでちゅし」
コボルトちゃんがうろうろと近くの村まで来たときです。
「ニャーゴ」とネコメイシが鳴きました。そして、舌をだらんと垂れさせてコボルトちゃんの左手の家の方をじろじろ見ます。
「お。早速ネコメイシのチカラが発揮されまちたね。なるほどあの家ね」
 コボルトちゃんは回りを見回し、誰にも見られていないことを確認すると、するするとその家の屋根に昇りました。ここで一度ネコメイシのひとみの方向を確認します。
「おほほ、こっちでちゅか、なるほどなるほど」と独り言をぶちぶち言いながら、煙突に入り込みました。
 しばらくすると、その家の中から、「どろぼー」というおカミさんの叫び声が聞こえます。それとほぼ同時に、コボルトちゃんが煙突から飛び出してきて、ぴょんぴょん、と屋根の上から地上に降り立ち、家のひとが「どろぼーはどこだ~」とか騒いでいるのを尻目に村はずれの森の中に逃げ込んで行きました。
「おほほー、大成功~。ネコメイシには隠されたクイモノを発見するというちゅごいチカラがあるのでちゅ。これからはノラボルトとして生きていけまちゅね」
 エモノは山分けです。盗んだ焼き魚の頭のところだけネコメイシに舐めさせ、残りはコボルトちゃんひとりでむしゃむしゃ食ってしまいました。
(採集地:ケットアイ地方)

コボルトその2

望んでも手に入らないモノ
 ガッコウにもカイシャにも行かないコボルトちゃんは、その日もお昼ごろまで森の中の巣穴でグーピーと眠っていました。このため夜になっても寝付けません。
「不眠症なのかちら。なかなか眠れないので、お散歩にでも行きまちょう。でも、小さなオンナのコがひとりで夜歩きというワケにはいきまちぇんね」
 ひとりで夜の森を歩くのはコボルトちゃんほどの豪の者にとっても避けるべきことと考えられるのでした。コボルトちゃんは精霊ですから、夜中に出歩いてもワルい精霊にヤラれることはありません。
 もちろんゴブリンちゃんのようなライバルの精霊はいますが、どうせ今ごろグーピーと眠っているでしょうから気にする必要はないのです。また、そこらケダモノはみんなコブンですから、猛獣に食べられたりする心配もありません。しかし、暗がりで木の根っこにケつまずいて転んで、アタマを打って気絶しているうちに失血死したりしてしまう可能性もないことはないので、誰かと一緒に行くのが適当です。
 コボルトちゃんはもう寝込んでいたお付きのゲコをたたき起こして、同行を命じます。
 少し雲はありましたものの、おりから美しい月夜でした。森が深いのですぐ木々の枝に隠れてしまいますが、時折木の間からまんまるのお月さまが顔を出します。
「おほほー、パンケーキみたいでおいちちょう。でもツキは食べられまちぇん」とか言いながら森の奥へ奥へと入って行きます。そのうちに月が雲間に隠れ、森は一段と暗くなりました。ほうほう、とミミズクが鳴きます。ゲコは「ゲコゲコ」と答えます。
 森の奥の方に行くと、小さな池がありました。
「お昼に見ると小さな池でちゅけど、夜中に見ると不気味でちゅね」と、その時、雲が切れて月の光が木々の間から差し込んできました。
 池の水面を見ると、きらきらとしたまるいモノが浮かんでいます。空にあるお月さまと同様に、パンケーキのように黄色いモノです。
「ゲコ、何かおいちちょうなモノがありまちゅ。採ってきなちゃい」コボルトちゃんはゲコに命令しました。
 ゲコは「ゲコ」と鳴いてぼちゃんと池に飛び込み、パンケーキの方に泳いでいきます。 しかし、ゲコがそのパンケーキに近づきますと、パンケーキはぐにゃぐにゃ、と水面に溶 けて無くなってしまったのでした。
「おマエ、ひとりで食べてちまったの?」「ゲコゲーコ(そんなことないゲコ)」残念そうにゲコが岸辺に戻ってきますとまたまたパンケーキが浮かび上がります。
「ゲコ、また行ってきなちゃい」「ゲコ」
 しかし、ゲコが近づくとまたまたパンケーキは無くなってしまいます。戻ってくるとまたまたパンケーキが浮かび上がります。
「なにをやっているのでちゅか。おマエ、ナメられているのでちゅよ」コボルトちゃんはついに堪忍袋がぶちんと切れて、自らどぼんと池の中に飛び込み、パ ンケーキの方にじゃぶじゃぶと近づきました。
「もうちゅこち」と手を伸ばすと、パンケーキは水に溶けてしまいました。手を戻すとまたパンケーキが浮かび上がります。また手を伸ばすとパンケーキは消えてしまいました。
「ヘンでちゅねー」
 望んでも手に入らないものはたくさんあるのですよ。
(採集地:オーラン地方)

コボルト

第1話は怒れるコドモたち
第3話は、精霊の至宝
第4話は目ざましゲコ
第5話は、コボルト暦
第6話は、大魔ジンの恐怖
第7話は、トマト畑のワナ
第1話 怒れるコドモたち
「おほほほ、ぴいぴい、どですかぽ~ん」
 ヘンなオンナのコが歌を歌いながら野原の道を歩いてきます。春ですからねー。
「なんだかおバカちゃんっぽいやつが来たぜ」
 村のいじめっ子たちは村はずれのキタナい祠の周りで遊んでいたのですが、遠くからヘンなオンナのコを見咎めました。見知らぬオンナのコです。しかもヘンな歌を歌っているコですし、キタナいし、村の秩序や環境を乱される可能性があります。
 オトナたちが大切にしている村の秩序と環境ですから、それを乱すモノを黙って見過ごしたのでは「ナサケない」「前向きでない」「共同体の価値観を無視した」と叱られるかも知れません。オマケにこれだけの人数がいておバカひとりに手が出せなかったと言われれば、「臆病者」「弱い」「競争の敗者」と批判されて、村のオンナのコたちに嫌われてしまってモテナイくんになってしまいます。これでは「負け組」です。両親にも申し訳がありません。
「イジメて追い出しちゃおうぜ」と誰かが言いました。ここで「いや・・・しかし」などと言ってはナカマのキモチを傷つ けてしまいます。何よりも大切なナカマです。裏切ることはできません。
 ということでコドモたちはヘンなオンナのコの前に立ちふさがり、「やいやい、どこに行こうとしているんだい」「へへへ、いじめてやるぜ」と通せんぼをしたのでした。
「おほほー、あたちの行動をジャマちゅるやちゅはオモチロい~」 とオンナのコは言いました。
「ナメてやがるぜ、やっちまいな」「ようし、やっちまうぜ」
いじめっ子たちはオンナのコを取り囲み、周りをぐるぐる回りながら、 「やあいやあい、ヘンなコヘンなコ、キタナいコ~」と囃したてました。しかしどうでしょう。
「おほほー、ちょれで次はどうちゅるの~?」これだけのイジメを受けながら、そのコはネを上げないのです。
「はあ、はあ」「こ、こいつ、これほどイジメてもネを上げないなんて」いじめっ子たちは疲れてきたみたいです。
「では次はあたちの番~」オンナのコは道端の巨木の下まで行くと、 「うんちょ」と一声かけて、もこもこ、と木を引っこ抜いてしまい、それをぶんぶん振り回しながら追いかけてきます。
「うわあ、カイリキだ~」「ゆるチて~」「カンベンちてくだちゃ~い」いじめっ子たちは逃げ惑いました。
いじめっ子たちがいなくなってしまうとオンナのコは巨木を元に戻し、 「あのタグイはすぐオトナに言いちゅけるのよね。オトナが出てくる前に退散ちまちょ」と一目散に逃げて行ってしまいました。
一体ナニしにきたんでしょうね。 
(採集地:オードトロワ地方)

ココロにもアラずなのに悲しい

「家」というのはイヌ犠牲やブタ犠牲によって清められた建物を意味し、ブタ小屋のことではないのです。地仙ちゃんは説明を聞いてわかったのでしょうか。
「カンレイサイのおウチは、ブタ小屋ではないのね。でも温かいカテイではないのね」
「家庭が温かいものかどうか・・・、冷たい家庭というのも十分あるが・・・。
「家庭」の①「庭」(テイ)といのも大昔の儀式の一端を垣間見せるオモシロい字だよ。「庭」の訓である「ニワ」というのはもともとニホンの民家において「屋根の下だけど土間になっていて、屋内作業のできる空間」を言ったのだが、今では「家屋などに付設された屋根のない空間」を指す言葉になっている。
チュウゴクの「庭」も、今では屋根の無いところを指す文字だけど、字の構成としては②「廷」にわざわざ屋根をあらわすマダレを付けた文字だ。「廷」は、「壬」(テイ。壬(ジン)とは別の字)の置かれた宮中の中庭を現し、「壬」とはナニかというと、「奉呈」などの「呈」の字の下にもある形象で、ナニかを載せてお祀りする台座らしい。
で、この壬の置かれた中庭(廷)には屋根が無かったのだけど、わざわざ屋根をつけた「廷」を指すのが「庭」。「家」と「冢」の関係と同じだね。もともとはそういう意味だったんだけど、ニホン語の「ニワ」と同様に、いつの間にか「庭」は屋根の無い中庭、一方「廷」は「宮廷」のように建物の一部を指す文字になってしまったワケだ。ちなみに「庭」は論語の「過庭」「庭訓」の故事からコドモにモノを教える場所ということになり、「家庭」と熟して家族のつながりを現すコトバになった」
とか言っているうちに地仙ちゃんはもう興味津々で耐えられなくなってきたのでしょう、肝冷斎のお家の閉ざされた扉をドンドンとたたき始めました。
「カンレイサイ、おマエは包囲されているの、モタモタちてないで出てきなちゃ~い!」
「あ、地仙ちゃん、そんなにドンドン叩かなくても・・・」
「ピリピリ~(地仙さま、落ち着いてください)」
なにしろチカラが強いコです。ドンドンと叩いているうちに、どかん、ばりばりーっ、とすごい音を立てて、もともとボロかった長屋の扉は真っ二つに割れてしまいました。
これはいけません。ひとのおウチをコワしてしまったのです。さすがにマズいので、「扉は「戸に非ず」と書くから、叩いても開かなくてコワれてちまったの・・・」と言い訳をブツブツ言い出しました。
「いや、扉を「戸に非ず」と読むのはゴマカしだよ。漢字の作られ方には「仮借」という手法があって、発音の似ている別の意味の文字を持ってきて文字の本来の意味でない意味に使うことがある。
③「非」というのはもともとは「あらず」という否定を意味する文字ではなくて、通説では「鳥の羽の象形」、最近では「両側に歯のある櫛の象形」だと言われている。羽や歯が両側にあるので、「並ぶ」のほか「反対」とかいう意味も出て、そこから「非ず」の意味に借りたというつながりで説明される。
で、片側だけの戸が④「戸」、両側に開く戸が「扉」。「戸」が「並んで」いるというわけだね。なお、葦などで作られた戸が「扇」という文字の本来の意味」
「では「悲しい」のキモチは「ココロにもアラず」ではなくて「櫛のココロ」なの?」
「「悲」は「痛なり」とされ、櫛を使うときにぎしぎしと痛かった、そのキモチが「悲しい」につながったのだろうといわれているよ」
家をコワしておいてノンキに漢字の解説とは、センセイも常識にアラずのひとですね。

おうちはブタ小屋?

都会の道を通りまして、狭い小路を入っていきます。センセイたちはついに肝冷斎先生が借りているハズのお家の前に到着しました。そのお家は・・・門とか塀とかはありません。道端に面してすぐに戸口があって、棟がお隣とつながっている長屋形式の家です。
「住所から見てここが肝冷斎先生のお家のはずだ。・・・ごめんくださーい」と呼んでみますが返事はありません。
「留守なのかな・・・。えー、おウチと訓じるのは①「家」(カ)という字だけど、この字は屋根をあらわすウカンムリの下にブタをあらわす「豕」(シ)がいる文字だね」
「へー。ということはニンゲンのおウチはブタ小屋なの? センセイのお家もブタ小屋なの? みんなブタ小屋に住んでいるの? つまりニンゲンはブタなの?」と地仙ちゃんはすごくうれしそうです。
「みんなブタ小屋に住んでいるブタだからぶうぶう言うの? いずれカツ丼になるの?」
かなりこだわりはじめました。
「えーと。文字というのは単なる写生画じゃないんだよね・・・「家」という字は、屋根の下にブタがいる、という形象だけど、屋根の下にブタがいるという「事実」ではなく、その字が作られた時代のその形象の「意味」を現すものなんだ。屋根の下にブタがいる、ということはどう受け取られたのか、ということを理解しないと大間違いをしてしまう。
現代のチュウゴクには確かに一階にブタを飼い二階にひとの住む構造の家があって、「家」というのはこういうタイプの家屋を現した文字ではないか、という考えもあるのだが、このカタチの家が「家」の字として定着するためには、漢字が作られた時代に、住居というのはそういう構造になっているものだ、と広く了解されていないとならないんだけど、考古学的には広くそんな構造の家があったとは想定できない。その代わり、王様などがご先祖さまをお祀りする場所を作るとき、その周りにイヌとかブタとかの犠牲を埋めて悪霊が入ってこないようにする風習があったことがわかっている。
「家」ととてもよく似た字に②「冢」(チョウ)がある。違うところはウカンムリとワカンムリぐらいだ。実は「家」も「冢」もご先祖さまを祀る場所を指す字で、土を盛り上げただけのツカが「冢」、その上に屋根付の建造物を作ったオタマヤが「家」であろうと解されている。つまり、「家」はブタのおウチではなくて、ブタをイケニエにして清めたおハカを意味する文字なんだ。
突然だけど③「突」という字について、漢代の「説文解字」が「穴の中にいる犬が飛び出してくるさま」と言っており、ニホンの藤堂明保さんという大学者はユーモラスな文字だと解説している。しかし、文字というのは、巨大な富と労力を傾けて金属器に鋳込まれたり、神聖な占いのために甲骨に彫り込んだりするモノなのであって、「穴を突いたらイヌが出てきた~、おかしいネ」というような偶然の契機で作成されるなんてことは、文字としての意味伝達も不可能になるからありえないことなんだ。
実はこの「突」という字と「家」もとてもよく似た文字で、もともと「家」「冢」の中にいるのは、古い時代の文字では「イヌ」だった(①②の点線内)。より古い時代のイケニエの主流はブタよりもイヌだった、ということがわかるんだけど、「突」の方はカマドを作るためにイヌを犠牲に埋めたことを示す文字で、イヌを埋めた部分がカマドの突出部になる構造だったと推測されている」