「食」の意味
約束です。船から上陸したところで、先生は地仙ちゃんにスキなだけクイモノを食わせてあげなければなりません。
「さあスキなだけ食べて、もう「ニンゲン食べる~」なんて言わないでくれ」と、先生は港町で一番安い料理屋を選んで入りました。
地仙ちゃんはにこにこです。席についてたくさんのクイモノを注文しながら、「センセイ~、あたちがニンゲン食べちゃうなんて、人聞きのワルいこと言わないでくだちゃいな。センセイじゃあるまいち、よほどのことが無ければ食べないの~」と言っていまして、意外と世間体を気にしているようです。
「地仙ちゃん、あんまり大きな声で「ニンゲン食べる」なんて言わないでおくれよ」
「うふふ・・・。でも、「食」という字をよく見てみると、「ニンゲンがイイ~」と読めまちゅよ。カンジを作ったひともニンゲンをおいちいと思っていたのでちょ」
「う~ん、いわゆる「字源の通俗解釈」の典型的な手法だね。有名なモノに「親」とは木の上に立って(コドモを)見守るひと、という解釈がある。解釈というのはそれぞれの思想の発現でもあるから勝手にやっていいんだけど、漢字を作ったころ、そんな親子関係が規範として意識されていたというのはムリ。
古代の迷信の残滓、ニンゲンの無意識の奥底に今も潜む残虐なココロなど、漢字にはすごく豊かなイメージが籠められているのに、「通俗解釈」は解釈する側の生活常識や道徳でそれを卑小化してしまっているキライがあって、「漢字なんて大したことないぜ」と思われてしまいそうでお薦めできないんだ。
で、「食」という字は①のようなカタチ。点線の下半分は「キ」というタベモノを盛るための食器の象形、上半分がそのフタなんだよ」
頼んだ料理が出てきましたので、地仙ちゃんはすごい勢いで食べ始めました。
「②に示したのがこの「キ」という食器を指す文字で、材料を示すタケガンムリ、機能を示す「皿」を除けば、「食」の真ん中と同じ符号が入っているだろう。実はこの「食」という字から、チュウゴクの古代社会のあり方を少し伺い知ることができるんだよ」
「ムシャムシャ・・・メチのことは大切でちゅからね・・・バクバク・・・」
「衣食足りて礼節を知る、というように、衣食が無ければ文化なんて成り立たない(よくよく考えてみると世界のあちこちにハダカのままの文明もあるので、どうも「衣」は必要条件ではないみたいだけど)。
「食」は絶対必要なわけだが、この食の字に関わる文字に、③ア)郷(キョウ、ゴウ)、イ)卿(キョウ、ケイ)という字がある。「郷」は集落を指す文字(「周礼」によれば一万二千五百世帯をいう)。「卿」は高い身分のひと。
この二つの字は、いずれもフタをとった食器のキを真ん中にして、左右からひとが集まってメシを食うことを表している。今では違う文字になっているけど、古くは同じカタチをしていたらしい。「いっしょにメシを食う」という文字が二つに分かれたんだ。
このことから、大むかしのチュウゴクでは、食器を囲んでメシを一緒に食う、ということから派生して、「郷」という字で地方行政組織を指し、「卿」という字で指導者層の身分を指すようになったということが判明する。一緒にメシを食う集団を人類学や社会学の世界では「共食集団」と呼び、この集団内で通婚したり、有事に軍事共同体を構成するこ
とが多いんだけど、大むかしのチュウゴクでもこの「共食集団」が構成されていたことがわかるんだ」