カテゴリー別アーカイブ: マスコミ論

行政-マスコミ論

曽我豪記者の振り返り

4月8日の朝日新聞「日曜に想う」、曽我豪・編集委員の「国会の「抑止力」伝承されるか」がよかったです。本論もよい分析なのですが、ここで取り上げるのは裏に隠された第二の主張です。

冒頭は、次のように始まります。
・・・戦後日本の安全保障の歴史を画したその記事は、拍子抜けするほど小さい。30年前の昨日、1992年5月7日付の朝日新聞朝刊(東京本社発行最終版)は1面でなく2面に3段の見出しを立てる。
「PKO法案 『自公民で成立も』 小沢氏、同日選挙は否定」・・・
最後の部分で、もう一つ指摘します。
・・・最後にもう一つ。30年前の昨日の2面を縮刷版で見直して驚いた。小沢氏の記事の右隣に4段の見出しがある。後に生じた衝撃を思えば、やはり小さ過ぎる。
「細川前熊本知事が新党 『自由社会連合』 参院選へ候補者擁立」・・・
そして最後を次のように締めます。
・・・課題に向かう敏感さを欠く者は退場するほかない。激動期の政治の怖さだ・・・

二つの大きな転換について、当時の朝日新聞記事が小さいことを振り返った「朝日新聞の自己批判」が秀逸だと思います。

消費としての批判、建設的な批判

人や組織が失敗をした場合、他人がそれを批判します。失敗したのだから、批判されても仕方がない場合があります。ところが批判には、建設的なものと消費でしかないものとがあるようです。

失敗の問題点を分析して改善案を提案するような批判は、建設的です。批判された人も関係者も、次回は失敗しないように参考にするでしょう。しかし、失敗をあげつらうだけの批判は、建設的ではありません。特に匿名の批判は、無責任ですよね。間違った批判でも、反論や議論のしようがありません。

反省とおわびも、建設的なものと消費としてのものがあります。「ひとまず謝っておけばよい」という風潮があるようです。直ちにおわびしないと、批判が強くなることがあるからです。世間もおわびを求めます。
ところが、おわびだけでは物事は終わりません。損害を与えたならその穴埋めと、原因究明・再発防止策がないと、反省は意味がありません。おわびより、その後の対応が重要です。「責任を取る方法2

「批判をしてすっきりした」「おわびをしてひとまず切り抜けた」「おわびをしたから、水に流す」で終わっては困るのです。
報道機関にも、おわびの記者会見を伝えることより、その後どのように対処されたかを、追いかけてほしいです。時に「詳しいことが分からないので、コメントできない」なんていう会社の説明で終わっては困ります。3日後に再取材に行って、「あの件はどうなりましたか」と質問してください。

ニュースがない?

皆さん、最近のテレビのニュース番組を見て、「ニュースがないなあ」と感じませんか。
私は最近、NHKの朝昼夜、定時のニュースを見なくなりました。見ても冒頭の「今日の項目」を見たら、ほかの番組に変えてしまいます。インターネットでNHKニュースを確認しておけば、19時のニュースを見なくても大きなニュースは分かります。そして、ウクライナとコロナのニュースばかりです。これらが重要であることは間違いありませんが、ほかのニュースはどうなったのでしょうか。

新聞も同じなのですが、解説欄などは勉強になるのでちぎって、後でゆっくりと読んでいます。このホームページで紹介するのも、ニュースではなく解説記事が主です。

コロナで取材が難しいことは分かりますが、これら2つ以外のニュースはないのでしょうか。
記者にとって、足で拾う能力とか、テーマを決めて取材するといった能力が落ちるのではありませんか。 心配です。

記者会見で指名されない記者

2月2日の朝日新聞オピニオン欄「多事奏論」、原真人・編集委員の「日銀の質問封じ たかが記者会見、されど」から。

・・・記者稼業を長年続けていると出席した記者会見の数は千回や2千回を軽く超える。その経験から言えるのは会見には2種類あるということだ。一つは「伝えたい何か」を出来るだけ多くの人に伝えるための会見。もう一つは「隠したい何か」をできるだけ話さず、ただやり過ごす会見である。
昨今は後者が増えている。モリカケ、桜を見る会などの疑惑に揺れた安倍政権、ワクチン接種など新型コロナ対策の遅れを批判された菅政権がそうだ。想定問答をひたすら読み上げ、批判的な質問をする記者を排し、時間が来たらさっさと打ち切る。

私がふだん出席する日本銀行の会見もそうだ。先月開かれた定例会見で黒田東彦総裁は14人の記者の質問に答えた後、最後にひとり挙手する私だけ指名せず会場をあとにした。会見の司会は記者会側が務めるが質問者を指名する裁量は総裁にある。
私が質問の機会を奪われたのはこれが初めてではない。以前から私を含め、異次元金融緩和について厳しい質問をぶつけたり批判的な記事を書いたりする何人かの記者が指名されないことがたびたびあった・・・

・・・たかが日銀会見の話と思わないでいただきたい。黒田体制の9年間で日銀は政府の借金のうち400兆円を事実上肩代わりし株式市場に30兆円超のマネーを投じた。国家の未来を脅かしかねない異様な政策はわずか9人の政策決定会合メンバーで決められた。その権力の中心が日銀総裁なのだ。
たかが一問でもなかろう。権力を批判する一つの質問の制限が全体を萎縮させる。

朝日新聞社史は戦前戦中の朝日報道を「大きな汚点」と記している。戦争を批判せず軍部に協力して国民の戦意をあおり、実態と異なる戦況報告を垂れ流した。戦後はそれを猛省し、二度と同じ過ちを繰り返すまいと社をあげて誓った。その精神は私たち現役記者にも引き継がれている。
とはいえ将来、国家権力が再び戦争に突入しようとしたとき、メディアはそれを止められるだろうか。私には自信がない。権力が手を下すかもしれない検閲や報道統制、記者の逮捕や暴力的圧迫のもとで批判的報道がどこまで続けられるものか・・・

記者会見で、手を挙げても指名されない記者は、一つの勲章なのでしょうね。もっとも、その状況を多くの国民は知らず、また原さんの心配するような社会になっては困ります。

新聞の未来

1月21日の朝日新聞オピニオン欄、前ワシントン・ポスト編集主幹、マーティン・バロンさんのインタビュー「ジャーナリズムの未来」から。
・・・米国で最もよく知られるジャーナリストの一人がワシントン・ポストの前編集主幹マーティン・バロン氏だ。昨年2月までの約8年間、一時は経営不振に直面した同紙の編集部門の改革の先頭に立ち、電子版購読者数を大きく増やした。ネット時代をいかにチャンスに変えたのか・・・

――13年10月、ワシントン・ポスト社はアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏に売却されました。変化は起きましたか。
「彼は最初から最重要かつ根源的なことを実行しました。この新聞の戦略を変えたのです。首都ワシントン地域に焦点を絞るというそれまでの戦略は正しくないと考えていたのです。我々は経済基盤の全てをインターネットに破壊され、広告収入も失い、苦境のさなかにいました。しかし、彼の言葉を借りれば、インターネットは我々に一つの贈り物を与えてくれました。ほとんどコストをかけずに国内、海外のどこにでもニュースを届けられ、プリント版を刷らずに全国紙あるいは国際紙になれるという贈り物です」

――具体的にはどんな改革をしたのでしょうか。
「ベゾス氏は、『戦略に沿った正しい取り組みには投資する』と語りました。彼は二つの要素を満たすアイデアを求めました。一つは単に地域的な読者ではなく、全国の人々に訴求するもの。もう一つは、若い世代を引きつけるもの。我々は若い読者を必要としていました。若い世代を開拓しなければ、20年後には読者はいなくなってしまいます。そこで我々はそれらの要素を満たす一連のアイデアを提案しました」

「一つはインターネットにおけるコミュニケーションとは何かを理解しているジャーナリストたちの採用です。彼らの多くはデジタルメディア出身で、紙中心の媒体で働いたことがない人々です。彼らは、新聞で典型的に使われる堅苦しい文体や構成ではなく、インフォーマルで親しみやすい話し言葉で文章を書きます。ソーシャルメディア上で認知され、読者を開拓する必要があることを理解していました。また、自分が書いた記事がどう読まれているかを知るために指標に注意を払います。記事を読んだ読者の数や最も関心を集めたテーマ、どのような表現方法が良い結果を出しているかなどを知る指標を把握していました。彼らは我々に一つのモデルを示してくれました」

「我々の仕事は24時間態勢になりました。インターネットの世界では人々は瞬時にニュースが読めることを期待しています。我々は夜間のニュース部隊をつくりました。日中に編集部門が取り上げなかったニュースの中から最も話題になっている面白いものを選んだり、違った視点から続報を出したり、ニュース速報を配信したりする仕事を一晩中担当します。これは大変成功しました」

――インターネット上には、無料で読める記事が氾濫しています。ジャーナリズムはどう差別化を図るべきでしょうか。
「ジャーナリズムの将来は、我々の仕事にお金を払う気持ちを読者に持ってもらえるかどうかにかかっています。真の価値を提供すれば、読者はそれにお金を払います。徹底した深い取材、より多くの調査報道、優れた分析、物語性のある読み物、深く掘り下げた人物記事など、こうしたジャーナリズムの仕事はメディアの将来にとって極めて重要です」