カテゴリー別アーカイブ: 政治の役割

行政-政治の役割

国会の役割

6月16日の朝日新聞オピニオン欄「熟議は幻想か」、大山礼子・駒沢大学教授の発言から。
・・・議院内閣制における国会とは、立法府として内閣や議員が出す法案を審議し、修正するための場です。実際、フランスやドイツなどでは、政府が出した法案を一条ごとにチェックするなど実質的な審議がされる。与野党の指摘で頻繁に修正が行われています。
ところが日本では、政治論戦や日程闘争ばかりで、実質的な審議が深まりません。なぜか。最大の原因は、与党が法案を「事前審査」し、そもそも国会で修正するつもりがないところにあります・・・
・・・国民の目に見える形で、国会で与野党による法案の審議と修正が行われるようにするには、どうしたらよいのか。私は、欧州諸国のように内閣がいったん国会に出した法案を修正しやすくすることが変化の契機になると思います。
日本の国会法では、内閣が出した法案を修正するには、国会の承諾が必要です。もし内閣が修正を申し出ても、国会が承諾しなければ、内閣は修正案を出せません。そのため、内閣は事前審査と原案通りの成立にこだわり、与党もそれを受け入れる関係が定着してきました。
諸外国でも、政府と与党が事前相談はします。ただ、国会提出後も内閣が自由に修正できるため、日本ほどガチガチには固めません。与党議員も事前に法案を固めない分、国会で法案修正を求めることが多く、野党の指摘も反映される余地も生じます・・・

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ドイツ、コール元首相逝去

コール元首相が亡くなりました。報道にあるように、ドイツ統一を成し遂げた名声は、永遠に残るでしょう。
かつて、このページ(2010年9月29日)でも書きましたが、東西冷戦は半永久的に続くと考えていた私にとっては、本当に驚きでした。
専門家であった高橋進先生が、『歴史としてのドイツ統一』(1999年、岩波書店)の中で、同じようなことを書いておられます。
・・戦後のドイツ外交を研究してきた者として、ドイツの統一は、私が生きている間はありえないというのが、染みついた公理であり、1989年11月9日のベルリンの壁の開放をみても、統一はまだ遠いという思いを拭い去ることはできなかった・・

大国ドイツが再び生まれることを恐れた、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長、ミッテラン・フランス大統領を説得し、東西ドイツ統一を成し遂げました。その際の一つの説得材料が、EUと統一通貨ユーロです。これらには、ドイツが単独行動しない「保障措置」としての役割もあるのです。
政治家が歴史を変える例だと思います。もちろん、きっかけは民衆によるベルリンの壁破壊です。しかし、そのチャンスにどのように統一を進めるか。無策では進まなかったでしょう。そこに、政治家の構想と実行力が試されます。世論と世界をどのように説得するか。バラ色のことばかりではありません。内政にあっても、遅れていた旧東ドイツ地域にてこ入れすることに多額の経費をかけました。また、旧国民間の「差別意識」の克服も大きな課題でした。

東西の壁崩壊から28年、ドイツ統一から27年。若い人は、あの頃の熱気と驚きを知らないのですね。
私が「見たもの」の中で、あり得ないこと(と思っていた)の第一はこの冷戦の終結とドイツ統一で、国内では東日本大震災でしょう。前者は人の世界、後者は自然ですが。

認知症が国の対策になった

朝日新聞6月8日オピニオン欄「認知症、家族と社会と」から。
「もしこの人がいなかったら、認知症に対する社会の関心はもっと低かったのではないか。公益社団法人「認知症の人と家族の会」代表理事・高見国生さん(73)。認知症対策が皆無だった1980年に、会は京都で生まれた」

高見さんのインタビューから。
・・・会を結成したころ私は母を介護していて、介護で苦しんでいる家族で励まし合おうとしたんですが、もっと政治の光が当てられないかと最初から言うてました。2年後に最初の要望書をまとめて厚生省に持っていった時は、担当課も決まってなかった。けども認知症問題が出てきそうやという気配はあった。時代に合うたんですよ。厚生省が大蔵省へ予算要望する時の資料に、その要望書を入れたと言うてましたからね。
そのころは役場に相談に行っても、認知症は対象外やと言われた。要望書では患者への定期的な訪問、援助のほか、通所サービスや短期入所をさせてくれと言うたんです。今のホームヘルパー、デイサービス、ショートステイですわ。「在宅福祉の3本柱」として厚生省が政策にしたんは89年のゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10カ年戦略)でしたな・・・

「介護保険で家族の状況は変わりました」という問いに。
・・・そりゃ雲泥の差です。会員にアンケートを取ると、デイサービスやショートステイに行ってくれることで「自分の時間ができた」とか「外出できるようになった」という回答が増えた。ただ変わらないのは、気持ちのしんどさ。認知症の人の介護は毎日が新しい出来事の連続で、気が休まらない・・・

元厚生労働省老健局長・中村秀一さんの発言。
・・・旧厚生省が本格的に認知症に取り組んだのは、1986年の「痴呆性老人対策推進本部」からです。それまで老人福祉では、寝たきり対策と施設整備が主な課題で、認知症は遅れていました。私は本部の事務局にいましたが、患者さんの数も不明という状況・・・概して患者さんの声は予算を獲得するバックアップになります。財務省も当事者の要望は預かる。もっとも、本格的な高齢社会を迎えるにあたり、老人福祉は予算が付きやすかった。89年からゴールドプランの作成にかかわり、90年に老人福祉課長になったのですが、他分野を担当する役人仲間からひがまれたこともあります・・・

・・・介護保険の給付は初年度の3・6兆円から、現在は約10兆円となりました。医療は約40兆円。介護も医療も、限りのある公的財源をどう配分するかというシステムです。人為的に公定価格を付けるからこそ、公開の場で関係者が納得するまで議論する必要がある・・・
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不人気な政策を通す方法

5月4日の日経新聞経済教室欄、新川敏光・京都大学教授の「シルバー民主主義を考える
不人気政策のリスク分散」から。
・・・政治家の「予想される反応」に基づく行動パターンはその政策がどれだけ人気があるかに左右される。有権者の間で人気の高い政策の場合、政治家は手柄を争う。社会保障・福祉の拡充は間違いなく人気政策なので、選挙時にはどの政党も争ってその拡充を訴える。人気取りのためには、負担には触れないほうがいい。
こうしてわが国では、1980年代に行財政改革が始まるまで、財政的維持可能性を考慮せずに給付拡充が繰り返された。73年に「福祉元年」が唱えられた当時を振り返れば、「老人問題」が注目されるようになり、高齢者への公的支援の拡充は全国民的支持を得ていたといえる。
再選を目指すうえで人気取り以上に重要なのが、不人気政策にコミット(関与)しないことだ。人は、受けた恩は3日で忘れても、足を踏まれた痛みは一生忘れないといわれる。政治家はまず有権者の足を踏まないように気をつけねばならない。社会保障給付の引き下げや資格要件の厳格化は代表的な不人気政策であり、非難を受けやすいため、政治家は関与を嫌う。

しかしどうしてもそうした政策に関わらねばならないとしたら、政治家は様々な戦略を用いて非難を回避しようとするだろう。まず不人気政策を再定義することが考えられる。例えば人気のある政策で支持を取り付けておいて、その政策により不人気政策を正当化する。80年代に行財政改革の旗の下で、老人医療費無料化の廃止、健康保険被保険者本人の自己負担導入、基礎年金導入、拠出給付関係の見直しなどが実現した。
次に官僚や審議会などを前面に押し出して、政治家の存在を目立たないようにすること、すなわち政治家の可視性を低下させることが考えられる。政治家が批判の矢面に立たないようにするのである。
段階的な政策遂行は、政策効果の可視性を低下させる効果を持つ。最終的な効果が非常に不人気なものでも、それが明らかになったときには、もはや非難すべき相手が誰だか分からなくなっているか、既に政治の舞台から退場しているといったことになる。
さらにスケープゴート(いけにえ)戦略がある。手柄争いの結果、制度に欠陥が生じても責任を受益者に押し付けて非難する。高齢者バッシングや専業主婦バッシングにはそうした傾向がみられる・・・

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なぜ日本国憲法は改正しなくても済むのか

5月2日の朝日新聞オピニオン欄「憲法を考える、70年変わらない意味」、ケネス・盛・マッケルウェイン東大准教授の発言「少ない分量、詳細は個別立法」から。
・・・国際的に比較して、日本国憲法の目立った特徴は、全体の文章が短いことです。英訳の単語数は4998語で、最も長いインドは14万6千語、平均は2万1千語。日本よりも短いのはアイスランド、モナコなど5カ国だけです。
もう一つの特徴は「長寿」です。70年間一度も改正されていない日本の憲法は、現行憲法としては世界一です。2位はデンマークの63年です。
長期間、日本の憲法が改正されなかったのは、憲法9条をめぐって国論を二分した議論が続いてきたような政治の状況だけでなく、憲法そのものの構造的な理由があったと考えています・・・

・・・まず、分量が少ない日本国憲法は、多くの国では憲法本体に書かれている選挙や地方自治など、統治に関する項目が「法律で定める」とされている場合が多い。ノルウェーのように憲法で選挙区まで定めている国と、公職選挙法を60回近く変えても、憲法を変える必要のない日本とでは憲法改正についての条件が異なるのは当然でしょう。
一方で、人権については、制定当時の国際水準からみると、多くの記述がなされており、先進的でした。そのため、例えば男女同権についての新たな規定を憲法に追加するといった切実な必要性がありませんでした。
短いですが、「人権」には手厚く、「統治」は法律に任せていることが、改正の必要がなかった大きな理由だと考えられます・・・

原文をお読みください。
マッケルウェインさんは、5月3日の読売新聞「憲法施行70年」にも、「9条の現状 とても深刻」を寄稿しておられます。