カテゴリー別アーカイブ: 行政

行政

モノから関係へ、行政の役割変化

拙著『新地方自治入門』(2003年、時事通信社)で、行政のこれまでとこれからを論じました。そのあとがきに、「モノとサービスの20世紀から、関係と参加の21世紀へ変わることが必要」と書きました。
発展期の行政は、モノとサービスの提供を増やすことが役割でしたが、豊かな社会を達成すると、課題は人と人との関係や役所からの提供ではなく、住民が参加することが重要になるという主張です。この時点では、孤独と孤立問題の重要性に気がついていませんでした。

その後、孤独と孤立が問題になりました。阪神・淡路大震災、東日本大震災でも、孤独と孤立は問題になり、対策を打ちました。しかし、この問題は被災地だけでなく、日常生活に広がっています。
連載「公共を創る」で説明しているように、自由な社会は、どこで暮らすか、どのような職業を選ぶか、結婚するかどうかといった自由を実現しましたが、他方で孤独も連れてきたのです。他者とのつながりは、行政や企業が一方的に提供できるものではなく、本人の参加が必要となります。

この変化の一つの例が、住宅政策です。当初の住宅政策は、不足する住宅の提供、安価で質のよい住宅の提供でした。しかし、住宅は余り、空き家が増えています。他方で、孤立や孤独死が問題になっています。モノとサービスの提供から、関係と参加の確保が課題なのです。土木部ではなく福祉部・住民部の仕事に移っています。

臣民、顧客、市民

政府と国民の関係を表す際に「被治者、利用者、統治者」と分類して考えるとわかりやすいです。
1 被治者(臣民)は、民主主義でない政府があり(専政政治など)、国民は被治者の立場にあります。
2 利用者(顧客)は、民主政治はできているのですが、国民が十分に政治に参加せず、政府活動の利用者または消費者の立場にあります。
3 統治者(市民)は、国民が主権者としての役割を果たします。

1と2では、政府は「彼ら」であり、3では、政府は「われわれ」です。1と2では、税金は取られるものであり、3では、税金はわれわれにサービスが還元される原資です。

中高生の第三の居場所 

2024年12月3日の読売新聞くらし欄「中高生「第三の居場所」 学校や家庭以外 緩やかにつながる」から。

・・・中高生向けに学校や家庭以外の「第三の居場所」を作る動きが行政や民間で広がっている。SNSでつながっている時代なのに、リアルな居場所が求められるのはなぜか。その現場と背景を取材した。

東京都豊島区にある中高生向けの児童館「ジャンプ東池袋」。11月中旬、防音対策が施された音楽室をのぞくと、中学2年の男子生徒(14)が鮮やかなスティックさばきを見せていた。12月に開く自主ライブの練習中だという。隣のフリースペースでは、テスト期間中という女子高生が自習している。
ビリヤードをしていた高校2年の男子生徒(17)はこの日、塾の前の短い時間に立ち寄った。「体を動かして誰かと自由に遊びたい。でもそんな場所はあんまり見つけられない」と教えてくれた。小学生からスマートフォンを持ち、SNSは友達とのやり取りに欠かせない当たり前のツールで、「普通に好き」。ただ、それだけでは不十分なようだ。

「興味あることにそれぞれ取り組んでいても、横には人がいる、と感じられる雰囲気。誰かと緩やかにつながった空間なんです」と所長の石葉友子さんは説明する。
児童館は18歳未満の子どもを対象にした児童福祉施設だが、一般には小学生以下の利用が多く、中高生に特化したジャンプ東池袋は珍しい。今年2月に改装し、キッチンスタジオなどを設けた。弁護士が館を訪れる日も設けられており、中高生が無料で相談できる。「アルバイト先がブラックかも」といった相談が寄せられるという。助産師による性教育講座も開かれる・・・

・・・代表の橘ジュンさんによると、不登校や家族間のトラブルが原因で、学校や家庭に居場所がないと感じる中高生が多いという。人恋しさからSNSで知り合った相手の求めに安易に応じ、妊娠してしまう高校生もいるという。「訪れる多くの子どもは自分を受け入れてくれる人と場所を強く求めていると感じる」

国も居場所作りに動き始めた。こども家庭庁は昨年策定した「こどもの居場所づくりに関する指針」で、子どもが安心して過ごせる場所を整備することを明記。全国約4300か所ある児童館の一部では、昨年度から中高生向けにする事業が進められている。
こども家庭庁が2022~23年、6~30歳の約2000人を対象に実施したアンケートでは「家や学校以外に『ここに居たい』と感じる居場所がほしいですか」という質問に7割以上が「はい」と回答。そのうち3割は「居場所がない」と答えた。
早稲田大文化構想学部教授の阿比留久美さん(教育学)は、不登校や虐待が増加し、子どもと地域とのつながりが希薄になる中で、学校、家庭以外の「第三の居場所」の重要性が増しているとする・・・

『民主主義の人類史』

デイヴィッド・スタサヴェージ著『民主主義の人類史 何が独裁と民主を分けるのか?』(2023年、みすず書房)を紹介します。新聞の書評で取り上げられていたので、読みました。
なかなか興味深い議論がされています。政治学の教科書では、あまり触れられていないでしょう。ここではごく簡単に書きますが、興味ある方は本をお読みください。お勧めです。

なぜ民主主義が根付いた国と、独裁が続く国があるのか。著者は、古代や未開と言われる社会でも、民主主義が行われていたことに着目します。統治者からすれば、独裁の方が都合が良く効率的ですが、被治者の意見を聞かなければならないことから、初期民主主義が生まれます。それは、統治者が強くない場合に、徴税や徴兵をするのに同意が必要になるからです。
また、農業生産の違いにも着目します。牧畜のように人口密度が低く、被治者が逃げることが可能な環境では、強制は効果を持ちません。集約的な農業では、官僚制が発達し、徴税や徴兵が容易になります。強い国家(軍隊と行政機構)は、民主主義を必要としないのです。

イギリスで議会制民主主義が発達したのは、国王が弱いからだというのはよく知られています。他方で中国は、昔から強い国家でした。日本は、強い国家から民主主義への転換途中にあるとも言えます。
制度を輸入しただけでは、定着しません。受け入れる社会の「この国のかたち」が制度を支えます。独裁より効率が悪いことも多い民主主義、それが国民に支持されるには、この国のかたちという社会の伝統とともに、民主主義がいかに効率よく政治を運営するかによっています。近年の世界的な民主主義への信頼低下は、それを示しています。

「防災庁」より「防災復興庁」

12月27日の朝日新聞オピニオン欄「私の視点」は、中林一樹・東京都立大名誉教授の「災害対応と並行の復興支援を 「防災庁」より「防災復興庁」」でした。

・・・現内閣は、迅速かつ適時適切な災害対応のため「防災庁」を新設する準備に取り組むとする。しかし二つの大震災は、被災自治体が災害対応とともに復興業務を開始することの重要性を示している。避難所に被災者がいてコミュニティーがある間に復興を語りかけ、復興までの暮らしの場として仮住まいを整備し、被災者に寄り添い、復興を推進する。そうしたシームレスな支援と展開が重要で、そのためのプロパー職員の確保も必要となる。

東日本大震災の復興のための復興庁であるが、これまで40兆円超の予算を費やした復興の経験・実績・課題・教訓を継承し、能登半島地震に対応し、南海トラフや首都直下地震にも備えるには、「防災庁」でなく、災害救助法から大規模災害復興法までを統括し、官民で災害対応から被災者・被災地の復興までを継続的に所管する「防災復興庁」が必要である。それが被災者主体で被災地復興を「地域創生的なまちづくり」として実現することを可能にしよう・・・

私の意見「毎日新聞に載りました2