カテゴリー別アーカイブ: 連載「公共を創る」

連載「公共を創る」第72回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第72回「社会の課題の変化―近年の社会で顕著なリスクの問題」が、発行されました。

前回に引き続き、近年の社会におけるリスクを説明しました。犯罪(振り込め詐欺、サイバー犯罪)、病気(感染症のパンデミック)、環境問題(地球温暖化、プラスチックごみ)、社会システムの混乱(コンピュータのシステム障害、世界金融危機)、格差(負け組、ワーキングプア、子供の貧困)などです。

このうち格差は、豊かになった日本での社会問題です。非正規労働者は、本人に責めがあるのではなく、誰もが陥る可能性がある社会の側の問題です。孤立も、自由を達成した成熟社会の問題です。

連載「公共を創る」第71回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第71回「社会の課題の変化―暮らしやすい社会を作るために」が、発行されました。今回から、第4章「政府の役割再考」に入ります。

第1章「大震災の復興で考えたこと」では、町を復旧する過程で見えた、私たちの暮らしを支えている要素を説明しました。公共施設や公共サービスを復旧しただけでは、暮らしは成り立ちませんでした。
第2章「暮らしを支える社会の要素」では、暮らしを支えている要素を広く検討し、社会は公私二元論より官共業三元論で考える方が適切であること、施設や設備といったインフラだけでなく、社会関係資本や文化資本など、人のつながりや気風といった要素が重要であることを指摘しました。
第3章「転換期にある社会」では、日本は昭和後期に驚異的な経済成長を遂げたのに対し平成時代は停滞したこと、豊かで自由な社会を達成したけれど新たな不安が生まれていることを説明しました。豊かさと自由は、個人には、自己責任や孤立化といった問題を連れて来ました。社会では、格差拡大や社会参加の低下といった問題が生まれました。満足したことが停滞を生んでいることと、成熟社会に適合した生き方を模索していることを指摘しました。

第4章ではこれまでの議論を踏まえて、成熟社会で生まれている課題を、どのように解決するのかを議論します。暮らしやすい社会をつくるためには、何が必要か。この連載の結論部分です。
今回はまず、社会のリスクの変化を説明します。
かつて、月刊「地方財務」に「社会のリスクの変化と行政の役割」を連載しました(2010年10月号から2021年4月号)。それを基に、再度考えました。

連載「公共を創る」執筆状況

連載「公共を創る 新たな行政の役割」、定例の執筆状況報告です。前回報告したように、第3章1を書き上げた後構成を変更しました。
先日、第4章1(1)「社会のリスクの変化」を書き上げ、編集長に提出しました。2月18日から3月4日までの3回分に仕上がりました。

新しい社会のリスクについては、かつて月刊『地方財務』に連載したことがあります。「社会のリスクの変化と行政の役割」2010年10月号から2011年4月号。連載途中に、東日本大震災対応に呼び出され、中断しました。災害などリスクについて頭の整理をしていたら、緊急事態対応の実践に投げ込まれたのです。
その原稿を元に考えているのですが、そのままは使えません。その後の変化を追いかけ、また今回の連載の趣旨に沿うようにと考えると、結局一から書いているのと同じです。今回も右筆たちに鋭い指摘をもらい、ひとまず安心して出すことができました。

続きも、難渋しています・・・いつものことです。常に宿題を抱えていることは、精神衛生上よくないですね。

連載「公共を創る」目次3

連載「公共を創る」目次2から続く。
全体の構成」「執筆の趣旨」「日誌のページへ

2月18日 71社会の課題の変化―暮らしやすい社会を作るために
2月25日 72社会の課題の変化―近年の社会で顕著なリスクの問題
3月4日 73社会の課題の変化―新たに生まれてくるリスクと不安
3月11日 74社会の課題の変化―新しいリスクにさまざまな対応策
3月25日 75社会の課題の変化―失敗しても再挑戦できる環境づくり
4月1日 76社会の課題の変化―再チャレンジ政策で考える行政のあり方

連載「公共を創る」第70回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第70回「日本は大転換期―成熟社会の達成でなくなった日本の目標」が、発行されました。
今回は、かつての社会意識が現在では適合しなくなっている問題を幾つか指摘します。

・日本の成長を支えた社会意識が、負の効果を生んでいる場合があります。例えば「向都離村」の意識です。若者が故郷を離れ都会に出ました。それが日本の経済発展を支えました。しかし他方で、田舎には若い人が残らないことになりました。
・閉鎖的な村では、村人は互いに支え合う一方で、よそ者を警戒することで、他者との信頼をつくることが下手になりました。会社に抱えられた社員は、安心し自らを磨こうとしなくなりました。
・欧米が個人主義であるのに比べ、日本は集団主義だといわれてきました。しかし、そうではないと思います。多くの日本人は、世間の判断に従います。それは、自発的判断でなく、世間の目が厳しいので仕方なく従っているのです。それは、我が身を守っている「個人主義」ではないでしょうか。
集団主義には、受動的集団主義と、能動的集団主義があるようです。受動的集団主義は、決められたことを受け入れることです。能動的集団主義は、社会や組織をつくることに積極的に関与することです。そうしてみると、日本は受動的集団主義ですが、能動的集団主義ではないのです。社会参加が低いことは、その現れです。

戦後75年、日本の政治制度の骨格が変わっていないのに、社会の変化は驚異的でした。終戦直後まで、日本人の約半数が農業に従事し、大半の人が農村に暮らしていました。その後の経済発展によって、多くの人が農村の暮らしから離れ、勤め人になりました。そして、豊かで自由な社会を実現しました。私たちの暮らしにとって、3000年も続いた長い弥生時代が終わる、大変化の時代だったのです。この半世紀に起きた「長い弥生時代の終了」と「成熟社会の実現」が、行政や公共の在り方に変更を迫っています。

これで、第3章「日本は大転換期」を終えて、次回からは第4章「政府の役割再考」1「社会の課題の変化」に入ります。