カテゴリー別アーカイブ: 歴史

星野博美著『旅ごころはリュートに乗って』

星野博美著『旅ごころはリュートに乗って 歌がみちびく中世巡礼』(2020年、平凡社)を読みました。本屋で見つけて、面白そうだったので。いくつか新聞の書評でも取り上げられています。

リュートは、中世ヨーロッパの弦楽器です。日本の琵琶に似ています。ギターの祖先のようです。第1話が、グリーンスリーブズ(イングランド民謡)です。皆さんもご存じの曲でしょう。私も好きな曲です。私でも、吹けます。ヘンリー8世がつくったとの説もあるそうですが、ウィキペディアでは、否定されています。
インターネットでもリュートの演奏を聴くことができると書いてあったので、検索してみました。たくさん出ていました。なるほど、このような音が出たのですね。

ところで、この本は、リュートから始まりますが、音楽が主題ではありません。途中から教会音楽の話になり、さらに話が広がって、ユダヤ人の迫害、キリスト教の殉教の話になります。副題がそれを表しています。それはそれで、勉強になりました。

ある思想家とその時代、以前、以後

権左武志著『ヘーゲルとその時代』(2013年、岩波新書)の冒頭に、おおよそ次のような記述があります。

思想や哲学を理解するには、思想家が生きた時代に着目し、歴史的文脈から思想のなり立ちを理解すべきである。思想は、生々しい生活体験から産み出されるものだ。思想家がどんな時代に生き、どんな時代の課題取り組んだのかを理解する必要がある。
そして、その思考の創造過程は、無からの創造を意味するわけではない。むしろ、過去の思想を新たな視点から読み替えていく再創造の形を取るのが通例である。
さらに高度な思想は、後の時代に継承されて、特定の時代や国を超えた普遍的影響を及ぼすことができる。

そして、「ヘーゲル哲学を理解するためには、その時代だけでなく、過去の何を変えたか、次代にどのような影響を与えたかを見るべきだ」と主張します。
納得です。哲学や政治学、社会学の名著といわれるものを読んでも、ここで主張されているように、過去の何を変えたか、何と戦ったか、後世に何を伝えたかがわからないと、意味と意義が理解できません。いままで、何度も名著といわれるものの時代背景や前後を理解せずに読んで、苦労したことがあります。

その書を深く掘り下げても、その書や人の意義はわかりません。その書や人が世界にそして後世にどのような影響を与えたかによって、意義がわかります。この項続く。

ペストの中世史

書評で紹介されていたので、ジョン・ケリー著『黒死病ーペストの中世史』(2020年、中公文庫)を読みました。500ページもある大部なので、少々時間がかかりました。
前半は、ペストがどのようにヨーロッパ各地に広まったか、そして住民たちがどのように対応したか、社会の動きを、当時の記録を基に丁寧に追いかけます。対処方策もなく、次々と死んでいきます。葬儀も十分に行われず、放置されます。当時の人口が、半分や3分の1に減ったと推定されています。むごたらしい光景が、広がっていたのです。
無力な教会の権威が失墜し、畑を耕す農民が減って、その地位が向上します。

後半は、ユダヤ人大虐殺の記録です。根も葉もない噂が立てられ、各町で、ユダヤ人が虐殺されます。「ユダヤ人が井戸に毒薬を投げ込んだ」とかです。「でも、ユダヤ人もペストによって死んでいる」という、まっとうな反論は、かき消されます。
そして、ユダヤ人に借りていた借金が帳消しになり(中世ヨーロッパではユダヤ人だけが金貸し業を営んでいました)、ユダヤ人が持っていた財産が没収されます。大虐殺の目的が奈辺にあるか、わかります。

レダー著「ドイツ統一」

アンドレアス・レダー著「ドイツ統一」(2020年、岩波新書)を読みました。小さな本ですが、現代に起こった大変化・大革命を国内情勢と国際情勢の両方からわかりやすく解説しています。あの大変化から、もう30年も経つのですね。お勧めです。

「生きている間はあり得ない」と、ほとんどの人が考えていたドイツ統一。それが、あれよあれよという間に進みました。当時の衝撃は、とんでもなく大きかったです。このホームページでも、何度か取り上げました。
高橋進著「歴史としてのドイツ統一-指導者たちはどう動いたか」(岩波書店、1999年)を読んだときの興奮を、「できないと思われていることを行う」(2004年9月13日)に書きました。高橋先生の本は、「ドイツ統一」でも訳者である板橋先生の訳者解説で取り上げられています。
ドイツ、コール元首相逝去」(2017年6月18日)

共産党一党独裁が続く中国、王朝的家族支配が続く北朝鮮。これらの国々は、いつまでこのような体制が続くのでしょうか。また、変わるとすると、何がきっかけになるのでしょうか。この本を読むと、考えざるを得ません。

理想とする国、なりたくない国

10月4日の読売新聞、岩井克人先生の「米中、いまや反理想郷の国」から。

・・・米中対立の時代です。私はコロナ禍を通じて歴史的と言える意識の変化が起きていると見ます。
まず米ソ対立の20世紀を振り返ります。1917年のロシア革命を経て社会主義・全体主義のソ連が出現した。一方で米国は第2次大戦後、資本主義・自由主義陣営の盟主に。米ソは冷戦に突入し、二つのイデオロギー、二つの政治経済体制が優劣を競い合った。米ソは共に人間の可能性を希求する国家でした。二つの希望の星でもあった。20世紀は二つのユートピア(理想郷)の争いでした。

89年にベルリンの壁が崩壊し、91年にソ連が解体して、社会主義は敗北します。米国の政治哲学者フランシス・フクヤマ氏は有名な著書「歴史の終わり」でイデオロギーの争いとしての歴史は終わり、世界は自由民主主義体制に収束すると予想したものです。冷戦後、米国流の市場任せの資本主義が世界標準になり、日本もその圧力をかなり受けました・・・

・・・さて目下の米中対立です。中国は発展途上国にとり成長モデルを提示する希望の星でした。コロナ禍で当初は発生源として非難を浴びましたが、強権的な仕組みを発動して感染を抑え込むと成功物語の主人公になる。しかし混乱に乗じて地政学的拡張や香港の締め付けなどの動きをとるに及んで、ディストピア(反理想郷)と見られるようになりました。
一方の米国は疫病にかかりやすい群に属したことに加えて、対処を誤り、感染者数も死者数も世界最多になってしまった。しかもトランプ大統領の下で国が南北戦争時代のように分断されてしまいました。米国もディストピアとして見られるようになったのです。
私は1969年から81年まで米国に暮らしました。こうした米国の没落ぶりはショックです。
21世紀は二つのディストピアの争いになりつつあるのです・・・