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日本の中国援助

2月15日の日経新聞夕刊に「40年の対中ODAに幕 友好象徴 発展の礎築く」が解説されていました。
・・・中国への政府開発援助(ODA)が40年の歴史に幕を下ろす。安倍晋三首相は新規を停止すると表明し、進行中の6事業が最後だ。かつては中国の発展を後押しし日中友好の象徴と位置づけられたが、中国が国力をつけるとともに日中の火種が増え、事情が変わった・・・

1979年から始まった、中国への政府援助。北京空港や鉄道などの建設を支援しました。
このような援助以外にも、パナソニックによるテレビ製造、新日鉄による製鉄所、新幹線技術など、技術支援も行いました。
経済開発に後れを取った中国を支援することとともに、戦争で被害を与えた中国への支援という意味も合ったと思います。
問題は、記事でも指摘されているように、中国の国民がこの事実を知らないこと、日本との友好につながらなかったことです。

パソコン回収、オリンピックメダルへ

古いパソコンを、回収に出しました。パソコンなど家電製品は、自治体では引き取ってくれず、業者に依頼する必要があります。
東京オリンピックのメダルを作るために、パソコンなどを無料で回収しています。
「これに出そう」と思いつつ、放ってありました。先日の休みに、思い切って手続きをしました。インターネットで申し込むと、宅配業者が引き取りに来てくれます。

回収は無料ですが、データを消去してもらうのに、3,000円+税金がかかりました。「どうせ溶かすのに」と思いつつ、念のために消去サービスも頼みました。見られて困る内容は入っていないのですが、電子メールをやりとりしている相手方のアドレスなどが入っていますわね。

業者から、「回収品が到着しました」とメールで連絡が来ました。
気になっていたことが、一つ片付きました。

サービスの3形態

2月14日の日経新聞「やさしい経済学」「サービスの設計と価値の創出」で、西野成昭・東京大学准教授が、サービスの価値提供方法の3種類を説明しておられます。

第1は、マニュアル通りの型にはまった接客です。ファストフード店です。
客もお店も、サービス内容を知っています。それが、双方の強みです。

第2は、美容院のように、客は自分の要望を店に伝えます。そして、客との対話の中で、客の要望をかなえていきます。
客ごとに、頭の形や好みの髪型が違うので、見本はあってもその通りとは行きません。

第3は、客と店とが、ともに作り上げていくものです。利用者の意向に合わせて案を練って、旅行を企画します。
ツアー旅行は第1の型、ツアー旅行でもオプション付きは第2の型でしょう。

お寿司屋さんで、握りの定食は第1の型、お品書きから選んで握ってもらうのが第2の型、職人さんと相談しながらネタを選ぶのが第3の型でしょうか。
なるほどと思います。原文をお読みください。

あなたの町の外国人

2月18日の読売新聞が、全国1,741市区町村ごとの外国人割合を、全国地図を色分けする形で載せていました。
5%を上回っている自治体は、43に上っています。5%とは、20人に1人です。小学校のクラスだと、1クラスには外国の子供が1~2人がいることになります。
最も高いのは、北海道の占冠村20.6%、5人に1人です。2位は群馬県大泉町18.24%、第3位は北海道赤井川村12.6%、第4位が東京都新宿区12.56%です。
全体では、中国、韓国、ベトナムの順ですが、近年増加しているのはベトナムからの人のようです。

地方自治体や学校、地域、自治会にとって、この人たちを受け入れることが大きな課題になります。

金融危機対応、日米の共通点と相違点

2月17日の朝日新聞「平成経済・リーマンの衝撃」は、「金融危機対応、日米の教訓は」でした。
しばしば、「欧米は○○だけど、日本は××だ(で出来が悪い)」といった見方がされます。「欧米がお手本、日本は見習わなければ」史観ですね。場合によっては、そんなことはありません。アメリカもヨーロッパも、試行錯誤しながら進めているので、間違いもあります。

・・・2008年9月のリーマン・ショックと1997年秋からの日本の金融危機。これまでは「対応が迅速だった米国、遅かった日本」という図式で日本側に反省を促す論調が多かった。ただ改めて日米を比較すると共通した失敗が多く、米国政府が犯した重大な判断ミスも見えてくる。日本の金融当局で対応にあたった3人の証言から、危機の教訓を探った。(編集委員・原真人)・・・

・・・一方、米国では2008年10月3日、緊急経済安定化法(金融救済法)が成立。政府が7千億ドルの公的資金で不良債権を買い取ることを決めた。リーマン・ショックから18日後のことだ。
これだけ見ると迅速な対応のようだが、すんなり事が運んだわけではない。混乱の末、にっちもさっちもいかなくなって決定したのだ。
最初の法案は9月29日に下院で否決された。これにニューヨーク株式市場が強く反応。史上最大の下げ幅を記録した。株価急落はすぐ世界の市場に波及した。
まずいと思った米議会はすぐに修正法案を上院で可決し、そして下院で改めて成立させた。
市場に追い込まれ、結果的には短期間に公的資金制度を作ったものの、最初からうまくやったわけではなかった。
そもそも米財務省と中央銀行の連邦準備制度理事会(FRB)は、危機に陥った金融機関を大手金融各社に救済させようとしたり、奉加帳方式で資金を集めようとしたりしたが、いずれも頓挫。結局リーマンは破綻し、世界金融危機にまで事態を悪化させてしまった。「日本の失敗を見ているのに教訓を生かせなかった」(五味氏)・・・

・・・「日本ではバブル崩壊から金融危機まで6年かかった。米国では07年のサブプライム・ショック(パリバ・ショック)からリーマンまで1年。米国の方がより速いスピードで危機が顕在化し、その分、対応も一気にやらないといけなくなった」と五味氏は言う。
前日銀副総裁の中曽宏氏(大和総研理事長)は、金融危機とリーマン・ショックを第一線で担当した。その目から見えたのは、日米の金融を取り巻く環境の違いだ。日本は「銀行救済」への視線が厳しく、同時期に接待汚職問題もあり大蔵省(現・財務省)や日銀が強い批判を浴びた。「破綻した銀行の経営陣が逮捕され、自殺に追い込まれたこともあった。日銀や大蔵省でも自殺者が何人も出た」
「米国はまったく逆だった。金融機関トップの多くはそのまま居残り、ウォール街を嫌悪するムードがいっそう高まった。それがトランプ大統領を生む土壌にもなった」・・・