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復興庁顧問退任

11月30日で、復興庁顧問を退任しました。9月半ばに、内閣官房参与、福島復興再生総局事務局長を退任し、顧問として残務整理をしていました。それにめどがついたので、退任を認めてもらいました。「執務室の片付け
役所の組織は、一人が欠けても動くようにできています。私がいなくなっても、復興政策は進みます。ただし、住民や関係者に迷惑がかからないように、円滑に業務を引き継ぐこと、業務が進むように筋道を立てておくことが、去る者の責務です。

大震災対応に従事してから、9年8か月です。また、42年半の公務員生活から卒業しました。常勤職員から非常勤職員へと、徐々に「足抜け」を進めていたのですが、やはりいささかの感慨がわいてきます。先輩たちも、それぞれに感じたことでしょうが。

まずは、健康で勤められたことを、感謝しなければなりません。また、支え導いてくださった皆さんにも、感謝しなければなりません。
そして、珍しい仕事をいくつも担当させてもらったことも、神様に感謝しなければなりません。ある人は、「50年に一度の、運の良い官僚だね」と言ってくださいました。続けて「それは、50年に一度の運の悪い官僚と言うことだけど」とも(苦笑)。それぞれの仕事で、社会の役に立てたならうれしいです。

その時々の官僚の「生態」や考えたことは、このホームページで書き連ねてきました。書いた内容は、今となっては、ほとんど覚えていないのですが。
40年間の振り返りは、おいおい整理したいと思います。ところがその前に、締めきりが迫っている連載原稿や、その他の原稿があって、当分無理ですわ。

予告、1月21日シンポジウム「東日本大震災から10年~復興の教訓と未来への展望」

令和3年1月21日に、朝日新聞社などの主催で、21世紀文明シンポジウム「東日本大震災から10年~復興の教訓と未来への展望」が開かれます。その基調講演を勤めます。もう1人の基調講演は、御厨貴先生です。ほかに、パネル討論もあります。

11月28日の朝日新聞朝刊1面右下に、お知らせが出ています。オンラインでの開催です。ご関心ある方は、申し込んでください。「概要と申し込み

上手な断り方

11月24日の日経新聞夕刊「上手な断り方、どう教える? 誠実な姿、モデル示して/必要な場面を話し合おう」が役に立ちます。

・・・「遊ぼうよ」「ヤダー」。小学1年生ぐらいの子ども同士がきっぱり断る場面は珍しくない。ただ、考える力がつき、対人関係も広がると他者の気持ちが分かるようになる。同時に友人関係を重視する年代になるため、低学年までのときのように単純に断るという行動が難しくなる。
生まれ持った気質によって個人差はある。ただ、引っ込み思案だから「上手に断れないのは仕方ないね」とそのままにしておくと、その後の人生で困る場面が増えてしまう。本来なら普段の生活のなかで上手な断り方を学んでいくが、きょうだいが少なかったり、近所の大人との関わりが薄くなったりして、以前より経験を積む機会は減っている。
上手に断れない子は、悪い誘いを避けられないなどトラブルに巻き込まれる可能性もある。大事なのは断ることがダメなことではない、と知ることだ。断らないことで相手に後々余計な迷惑をかけることになるかもしれない。必要があれば断っていいのだ、という大前提を教えよう・・・

・・・上手な断り方の基本として、(1)相手に共感する(2)理由や状況を説明する(3)きちんと言葉にして断る(4)謝る(5)代案を示す――の5つのポイントも押さえておきたい。
親の例で考えてみよう。急きょ用事ができた親から、PTAの会議に代わりに出てくれないかと頼まれたとき。相手に「それはお困りですね」と共感する。次に「私も代わりたいがその日は仕事がある」と状況を説明する。「代わりに行けない」としっかり断り、「お役に立てず、すみません」と謝る。最後に「○○さんはどうでしょうか」と代案を示す・・・
全文をお読みください。

連載「公共を創る」第64回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第64回「日本は大転換期―成熟時代に求められる居場所のつくり方」が、発行されました。
成熟社会での生き方を模索している日本。私生活の問題のうち、今回は自由時間の増加とそれをどう使うかについて取り上げました。

経済発展を遂げて、生活時間が変わり自由時間が増えました。労働時間の短縮、家事の時間短縮、寿命の延びによってです。自由時間が増えることはうれしいのですが、その自由時間をどう使うかが課題になったのです。

もっとも、仕事人間の労働時間は減っていません。私の経験では、平成時代の方が、昭和より長時間働いているような気がします。かつても残業と休日出勤はあったのですが、「季節労働者」と自嘲するように、繁閑期があったのです。「24時間働けますか~」などと言い出したのは、平成時代です。また、多くのサラリーマンは、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ~」と「5時から男」を楽しんでいました。

仕事人間が退職すると困ります。職場しか「居場所」を持っていないからです。行くところがなくなります。「きょうよう」「きょういく」という言葉があります。今日用があること、今日行くところがあることです。それがない夫は、妻の後をくっついていく「ワシも族」「濡れ落ち葉」と呼ばれます。

他方で、地縁や血縁の付き合いの減少が、さらに自由時間を減らし、居場所を少なくします。都会の勤め人で、どれくらいの人が、自宅に訪問客を通す応接室や座敷を持っているでしょうか。

復興政策を社会の中に位置づける、その2

復興政策を社会の中に位置づける」の続きです。

復興作業を、どのように位置づけるか。これは、事前に決まっているわけではなく、実行することで見えてきました。大震災は、これまでにない被害と行政です。従来にない手法を採用することで、行政の歴史の中で新しい位置を占めることができるのではないかと、考えるようになりました。

結果としては、次のようなことができたと考えています。
・「国土の復旧から暮らしの再建へ」。私は、これが一番の成果と考えています。インフラ復旧だけでは、人の暮らしや町のにぎわいはもどらないこと。産業と生業の再建、コミュニティの再建が必要なこと。政府はそれに取り組むべきこと。
・そのためには、行政だけでは実現できず、事業者やNPO、町内会の役割も重要なこと。それらの人と協働すること。
・資金だけでは事業やコミュニティの再建はできず、人とノウハウの支援が重要なこと ・復興庁という窓口で一元的に対応し、各項目は各省やNPOなどの専門組織に委ねることが効果的なこと
など、 行政運営や地域経営に、新しい知見をつくることができたと思います。参考「復興がつくった新しい行政ーまちのにぎわいの3要素

その時々の出来事や仕事を、いくつも羅列される事件の一つではなく、社会と歴史の中で意義あることとし、位置を占めるようにしたい。それを、関係者も自覚し、報道機関や国民にも理解して欲しいと考えていました。

この復興政策の成果と変化が、今後の行政の中で位置を占めることができるかどうか。いくつかの施策は、災害復旧の「標準装備」になりました。避難所の生活環境改善、グループ補助金など。ただし、一般的な災害に関しての復興政策を所管する「復興庁」はできていません。

それとともに、未曾有のことが起きたときに、迅速かつ的確に組織をつくり対応すること、新しい事態に柔軟に対応していくことです。これは、災害復旧政策ではなく、行政運営の仕方です。
最近では、未曾有の出来事として新型コロナウィルス感染拡大があります。その対応の際に、大震災対応の経験と教訓が活かされたかどうかです。