岡本全勝 のすべての投稿

健全な外交は安定した政治基盤から

6月8日の読売新聞文化欄、細谷雄一・慶応大学教授の「偏狭化するイギリスの潮流」から。主旨は、イギリスが世界大国であることをやめてしまったのではないか、ということですが、ここでは別の部分を紹介します。
・・・安定した政治的基盤がなければ健全な外交を行うことは難しい。イギリスがアジアインフラ投資銀行(AIIB)参加を決めたのは、経済的な論理を外交的な論理よりも優先して、財務省主導で判断したからだ。決定の直前まで、同盟国アメリカや日本への十分な説明はなかったために、イギリスの国際的信頼や、同盟国との友好関係を大きく傷つけた。1930年代のドイツへの宥和政策も、財政的見地から財務省が主導したともいわれる・・・
このような見方もあるのですね。

日本学術振興会、東日本大震災学術調査

日本学術振興会で村松岐夫先生が中心となって、社会科学者を動員して東日本大震災の分析をしてくださいました。「東日本大震災学術調査」。3年にわたる大事業です。このページでも紹介しているとおりです。その成果が、順次、本となって刊行されています。
このたび、それとは別に「事業報告書」が公表されました。内容は、本文を見ていただくとして、目次は次のようになっています。
第1 章 調査の経緯
第2 章 発災と初動
第3 章 震災への政府の対応
第4 章 復旧と復興
第5 章 未来への教訓
第6 章 各班の調査研究活動

「はじめに」p2にあるように、今回の大震災では、技術・工学からの分析だけでなく、社会科学からの分析も必要であり、重要だったのです。このような多角的な分析をしていただき、ありがとうございます。
この報告書では、研究調査のいきさつや概要だけでなく、第2章から第5章までで、簡潔に政府の対応が検証されています。この部分だけでも、お読みください(合計20ページ余り)。分厚い報告書も必要ですが、短い文章にまとめることは一般の読者にとって有用です。しかし、それは非常に難しいことです。全体を知り、重要なことを選び、しかもバランスよく記述する。村松先生でなければ、できないことでしょう。また、第5章未来への教訓も、重要です。
なお、p12には、次のような文章も載っています。
・・・被災者生活支援チーム、次いで復興対策本部の担当大臣は、内閣府特命防災担当大臣(当初は松本龍氏、2011 年7 月からは平野達男氏)であったが、事務局次長として実務を動かしたのは岡本全勝内閣審議官(当時)であった。この支援組織は、東日本大震災復興基本法(平成23 年6 月24 日法律第76 号)の規定により、2012 年2 月に復興庁として組織替えになったが、平野―岡本のコンビはそのまま続いた。この復興庁は、複数の省庁にまたがる問題の調整権をもつワンストップ機関になることを理念としていた・・・
過分な評価をいただき、ありがとうございます。

日韓関係、移ろいやすい部分と固い部分

6月1日の日経新聞が、日韓50年を特集していました。そこに、次のような両国での意識調査が載っています。2010年の調査で、日韓の現状について「悪い」「非常に悪い」と答えたのは、日本が12%、韓国では23%でした。2015年の調査では、日本は55%、韓国では79%となっています。5年間で、これだけ悪くなっています。
6月8日の読売新聞(インターネット)によると、日本で韓国を「信頼できない」と答えた人は73%、韓国で日本を「信頼できない」との回答は85%になっています。また、現在の日韓関係が「悪い」と答えた人は、日本では85%、韓国でも89%となっています。
韓流ブームが日本の茶の間を席巻し、日本人の韓国観が大きく変わりました。「冬のソナタ」が放映されたのが2003年です。その後も、韓国ドラマは、日本のテレビで次々と放映されています。私は、国民間で好感情が広がり、日韓関係は新しい時代に入ったと確信しました。それが、この5年間で急速に悪化しました。これは、予想外でした。これは、マスコミ報道による部分も大きいと思います。しかし、ビジネスマンの行き来だけでなく、観光客の多さ、そしてテレビドラマや映画などの文化の相互浸透によって、基礎部分は変わっていないと信じています。

奈良女子大附属高校

日本経済新聞「私の履歴書」今月は、松本紘・元京都大学学長、理化学研究所理事長です。6日は、高校入学でした。先生は、郡山中学から奈良女子大附属高校に進学します。そう、私の母校です。
・・・1学年3クラスの150人で男女は半々。うち100人は付属中からの内部進学で、残り50人が他中学からの受験組だった。内部進学組は格好良く洗練されスマートに見えた。入学すると、他中学から来た生徒は外様、内部進学者は譜代と呼ぶような見えない壁があった・・
私が入学した昭和45年は、1クラス40人、1学年120人でした。男女半々は同じです。外部からの編入は、20人くらいだったのでしょうか。その後、中高一貫校になりました。
郡山という町の学校から進学された松本先生と違い、から進学した私は、内部進学組だけでなく皆が、洗練された都会の子に見えました(郡山は奈良市の南隣、明日香村から奈良の学校までは毎日が遠足でした)。皆の髪の毛は長いのに、私は丸坊主だし。しかし、鈍感だったので、外様と譜代の違いは、気になりませんでした。私以外全員が都会の子で、私+何人かが田舎の子という区分に見えたからでしょう。2年生になったら、生徒会長や文化祭実行委員長もさせてもらいました。これは、外部編入組では初めてだったそうですが。松本先生も、文化祭の学年演劇の演出を担当して、その壁を越えられたようです。
私の方は、東大に入ったら、これまた東京の子は洗練されて、何でも知っていることに驚きました。高校でも大学でも、親切に教えてくれる友人がいて、「追いつく」ことができました。彼らのおかげで、今の私があります。今も、飲み会を設営してくれ、いろいろと心配してくれます。感謝しています。

世界の歴史を100のモノで示す。その限界

昨日、東京都美術館の「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」を見ました。人類が生みだしてきたモノを、世界から100選ぶとしたら、何を選ぶか。その基準に興味がありました。あなたなら、また私なら、何を選ぶかです。
展示をいくつかに区切って、テーマを付け、年表と世界地図(いつの時代のどこのモノか)で解説してあります。100見終わって、「なるほどね」と思わせるものがあります。
あわせて、いくつか考えました。
・大英博物館だからこそできる、世界から集めたモノです。
・日本のモノが、縄文土器、平安和鏡、伝来した朝鮮陶器、有田焼、北斎漫画と、私が覚えているだけで5つも選ばれています。これは、日本での展示のために、ご当地モノを優先しているのでしょうか。
・モノで人類の歴史を語るのは、無理がありますね。火や電気が展示されていないと考えていて、突然思い出しました。復興に際して、いつも私が主張しているのは、インフラや建物という「モノ」だけでは、住民の暮らしが戻らない。商業や医療サービスなどの「機能」とコミュニティなどの「つながり」が必要だということです。
人類の発展には、牧畜や農業、火、宗教、教育、出版、行政機構、医療、商工業、電気といった、機能とつながりが重要なのです。しかし、それをモノで示すことは、難しいです(宗教関係のモノは並んでいますが)。このモノでは示しにくいことを、どのように展示して伝えるか。今後の博物館の課題でしょう。
東日本大震災からの復興を解説する際に、失われたモノ・失われなかったモノをお話しするときがあります。失われたモノは、多くの人命や建物が思い浮かびます。しかし、私は、そのような目に見えるモノだけでなく、科学技術(者)への信頼や政府に対する信頼も、失われたものに上げています。