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日本人は忖度好きか

スマートでないスマートフォン」の続きです。

一時、忖度(そんたく)という言葉がはやりました。そして、日本人は忖度する民族だというような指摘がありました。おもてなし上手で、気配りもできるという指摘も。
私は違うと思います。辞書では、忖度とは「他人の心情を推し量ること、また、推し量って相手に配慮すること」と説明されています。
このページでしばしば批判するように、電車内や通路でスマートフォンやゲーム機に熱中している人がいます。ちっとも、周囲の人を配慮していません。多くの日本人は、忖度好きどころか、忖度できない人なのです。
では、なぜ、公務員や社員の忖度が取り上げられたか。それは、次のように説明することができます。

日本社会は、「身内」には親切ですが、「ソトの人」には冷たい社会でした(山岸俊男著『信頼の構造』1998年、東大出版会)。
身内には強い信頼関係を築きますが、世間一般では信頼関係はそれほど強くないのです。だから、役所や会社の中では、(特に)部下が上司の顔色をうかがいます。それは、日本に限ったことではありません。
違いは、日本における、ソトの人に対する配慮のなさと、身内への忖度との差が大きいことでしょう。

忖度の定義を、「身内や組織内の他人の心情を推し量ること、そして相手に(過度に)配慮すること」とすべきです。
同じように、おもてなしや気配りがよいという説も、身内と顧客に対してです。

女性校長が変える教育現場

先日、「教員と校長の違い」と「日本の教育改革」を書きました。9月17日の日経新聞女性欄に、女性校長の活躍が載っていました。
・・・小中学校の教員の女性比率は高まっているが校長の大多数が男性。仕事と家庭の両立やキャリア構築に悩んだ女性校長らが自らの経験を生かし、学校教育の質の向上にもつなげようと働き方改革を目指し、奮闘する・・・
・・・原点は「ブラック職場だった」と振り返る新任で赴任した千葉市内の中学での経験だ。会議に合わせて教職員は早朝から出勤し、夕方に頭を下げて職場を後にする子育て中の女性教員が陰口を言われた。「深夜まで働ける男性優位の職場で、早く帰宅する女性は黒子だった」。47歳で小樽市立中学で初めて女性教頭になり、今は市内唯一の女性校長。「大人が楽しく生きる姿を生徒に見せて人生に希望を持ってほしい」と願う・・・

詳しくは、原文を読んでいただくとして。長時間労働が普通になっている教育現場、それを変えるにはこれまでにない考えが必要です。女性校長が経験を生かして、変えて欲しいですね。

次のような指摘もあります。
・・・教員が疲労感を覚えるのは、児童のトラブルや保護者への対応がほとんどだ。校長室の扉を開けて職員室の様子がいち早く分かるようにし、校長と教頭、教務主任らが教員からの相談や報告を一元的に把握する・・・

そうですね。大学では、これらの問題に対処する具体的研修は受けていないでしょう。経験少ない若手教員のみならず、教員を教育に専念できるように、これらの問題は校長や教頭が率先して対応すべきです。

スマートでないスマートフォン

スマートフォンって、スマートと名前がついているのに、使っている人にはスマートでない人が多いです。歩きながら操作している人や、電車中で操作している人です。この話題は何度も書いていますが、最近も嫌な思いをしたので。

1 画面に集中することで、周囲への気配りがおろそかになっています。
通路の真ん中に立っていて、周りの人の邪魔になっている人。電車の扉付近に仁王立ちして、通行の邪魔になっている人。
特に、イヤホンやヘッドホンをしている人が困ります。自分の世界に没頭しています。「通してください」と言っても、聞こえていないようです。

先日は、扉が開くと同時に乗ってきて、空いている席に突進し、操作を続けた人がいました。後から、高齢者や子供連れが、乗ってきました。全く素知らぬ風で(実際、気がついていないのでしょう)、操作に集中していました。

2 公衆の面前でゲームをしたり、つまらない画面を見るのは、恥ずかしいと思いましょう。朝の出勤時、きちっとした身なりの会社員が、ゲームに熱中している姿を見ると、と心配します。勉強の本を読んでいる人なら、「感心、感心」と思うのですが。

「私の勝手でしょ」と言えば、それまでですが。あなたが、パートナーとして選ぶ際に、また一緒に仕事をしたい人を選ぶ際に、そんな人を優先しますか。
人前での立ち居振る舞いは、あなたをきれいに見せたり、下品に見せたりします。自分を安く見せることは、やめましょう。
趣味や娯楽は、自宅など他人が見ていない場所で、乗り物なら指定席でやってください。
この項続く

味の素、決める会議以外は廃止

9月18日の読売新聞「経営者に聞く」は、西井孝明・味の素社長でした。
味の素では、2017年から1日の労働時間を、7時間15分に短縮しました。

・・・具体策として進めたのは、まず会議減らしです。改革を本格的にスタートさせたのは16年度からですが、15年度の全社平均の総労働時間は1947時間。その中身を詳しく調べてみると、1日平均10時間の労働時間のうち、4時間を会議が占めていることがわかりました。どこの職場も似たようなものです。

「そんなに会議は必要なのか」と強く感じました。そのため、報告のためだけの会議は一切やめることにしました。会議は、すべて何かを決めるために開きます。
会議で発言しない人が座って聞いているだけの時間、議事録を紙にまとめて会議に出ていない人に知らせるための時間-報告のためだけに時間を費やす仕事は、いっぱい隠れています。それは価値を生む仕事ではない。
報告だけならインターネット上の社内の掲示板にアップし、必要な人はそこに見に行く仕組みにしました。会議の改革は、ペーパーの削減にもつながります。

象徴的な改革事例は、全国の支店長や事業部長ら約80人を集めて3か月に1回開いていた業務報告会です。1人が5分報告し、質問はゼロ。報告に3時間以上かかり、そのために用意する資料はものすごく分厚い。直前に資料の差し替えが起きると、経営企画部のスタッフは深夜まで子ポーの取り直しです。
この会議を年1回に減らしました。そして、社長からのメッセージを伝える重要な会議に変えました・・・

中公新書『日本史の論点』

中公新書『日本史の論点 邪馬台国から象徴天皇制まで』(2018年)が、面白いです。お勧めです(「面白い」という表現以外に、もっと適切な単語はあるのでしょうが。持っている語彙の少なさを、反省します)。

分担は、古代・倉本一宏、中世・今谷明、近世・大石学、近代・清水唯一朗、現代・宮城大蔵さんと、5人のベテランと若手研究者です。
それぞれの時代について、5~7の論点を設定して研究がどこまで進んだか、どのような議論がされているかを、解説しています。
私たちは、学校の教科書で「通説」を学びます。しかし、現代だけでなく、はるか昔のことでも、新しい発見や新しいテーマと解釈が出て、歴史像は変わっています。
新しい議論や解釈の本が出ると、読むのですが、どの論者が正しいのか、支持を受けているのか。そして議論の最先端はなにか。素人にはわかりません。この本は、良い観点を狙いましたね。歴史ファンに受けると思います。

ところで、この本で取り上げられた論点はそれぞれ興味深いものなのですが。さらに望むなら、次のような視点での、歴史学が進まないでしょうか。すなわち、庶民の暮らしの歴史、社会史をもっと取り上げることはできないのでしょうか(文化史とは何か)。事実の発見や解釈の変化とともに、歴史を見る見方自体が変化しています(歴史の見方の変化)。

天皇、貴族、武士といった支配者の歴史も良いのですが、多くの庶民はどのような暮らしをしていたのでしょうか。それは、どのように変化したのでしょうか。奈良時代から平安時代に代わって、農民の暮らしはどの程度変わったのでしょうか。
私の史観では、日本列島に住んでいた人の歴史は、縄文時代、長い弥生時代(稲作を中心とした生活)、産業化の時代(高度成長期以降)に分けられると考えています。
支配者が代わっても、庶民の生活にはそれほどの差はなく(誰に税金を納めるか、誰が守ってくれるかの変化くらい)、それよりは、どのようにして生産性が向上したか、病気や災害への対応は変化したか、家族関係はどのように変わったかの方が、大きな関心事項だったと思うのです。