デマが広がる要素と検証の必要性

朝日新聞ウエッブ論座、野口邦和・元日本大学准教授・元福島大学客員教授の「福島からは「逃げる勇気」が必要だったか『美味しんぼ』「福島の真実」編に見るデマ・偏見・差別」(3月9日掲載)を紹介します。原文をお読みください。

・・・2014年、漫画『美味しんぼ』「福島の真実」編で描写された鼻血は一過性で、他の出血症状や急性症状がない。『美味しんぼ』の原作者が福島県内で受けた被ばく線量は、出血症状が起こる線量より桁違いに低い。鼻血の原因が被ばくであるはずはないが、原作者はさも被ばくとの因果関係があるかのごとく執拗に描写する。福島県内で行われている除染を無駄で危険と強く否定し、危ないところから逃げる勇気を持てと全県民に呼びかけてもいた。福島第一原発事故から10年を経ようとする今、本稿を通して私は、「福島の真実」編にひそむデマ、偏見、差別の実態をあばこうと思う・・・

・・・7年前の2014年4~5月、大騒ぎになったのが週刊ビッグコミックスピリッツ掲載の漫画『美味しんぼ』「福島の真実」編の鼻血描写である。
福島第一原発の敷地内をバスで視察した主人公が福島から戻ってから突如鼻血が起こる。同行した他の登場人物も「僕も鼻血が止まらなくなった」「私も鼻血が出た」と合いの手を入れる。また、主人公は「福島に行くようになってからひどく疲れやすくなった」と話す。さらに、前双葉町長が実名で登場し、「私も鼻血が出ます」「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」などと、さも意味ありげに話す。
・・・これは福島県民を侮辱する以外の何物でもない。だからこそ漫画を読んだ多くの県民が批判や抗議を原作者やスピリッツ編集部に寄せたのである。
そもそも福島第一原発事故後、鼻血が増えたというデータはない・・・

・・・「福島の真実」編は鼻血描写だけが問題なのではない。数多くのデマに満ち溢れており、正直読むに堪えないと言ったら言い過ぎか。
例えば大阪で受け入れた震災がれきを処理する焼却場近くの住民を調査した結果として、1000人中800人が鼻血、眼、呼吸器系の症状が出ているとする描写がある。大阪で受け入れた震災がれきは岩手県宮古地区のものなのだが、なぜ県名を意図的に隠して福島県の震災がれきであるかのごとく読者を錯覚させ、「福島の真実」と称して描写するのだろうか・・・

・・・「福島の真実」編から2年後、避難者に対するいじめの問題が各地で話題になった。「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった。いままで何回も死のうとおもった」という小学生の手記も報道された(朝日新聞2016年11月16日付)。いじめは自主避難者にも強制避難者にも県内在住者にもある。こうしたいじめは福島に対する偏見や差別と表裏一体のものである。悲しい不幸な歴史を繰り返してはならない・・・