未完の成熟国家、平成日本

4月30日の日経新聞社説は、「未完の成熟国家だった平成の日本 」でした。

・・・昭和は悲惨な戦争と戦後の高度成長の記憶とともに歴史に刻まれた。焼け野原から世界も驚く復興を成し遂げ、昭和の終わりには製造業の技術力と価格競争力で米国を脅かす状況すら生まれた。
1989年(平成元年)末の日経平均株価の終値は、史上最高値の3万8915円。バブル経済の熱気が社会のひずみを際立たせもしたが、近代日本の一つの到達点だったといえる。
日本は経済成長の先にどういう国家目標を定めるかが問われた。平成の出典となった「内平らかに外成る」「地平らかに天成る」の言葉には、日本と世界の平和と繁栄への思いが込められていた。
しかし90年代に日本が直面したのは、バブル崩壊の後遺症といえる金融機関の不良債権問題や長期デフレ、冷戦後の国際政治の激動という現実だった・・・

・・・グローバル化の進展に伴って日本は産業構造を変え、成熟国家として社会の形を見直す必要に迫られた。しかし政府も企業も過去の成功体験を引きずり、痛みを伴う改革を先送りした。国際的な地位低下と財政の悪化に、有効な手を打つことができなかった。
政治家も努力はした。有権者が政策本位で政権選択をしやすいよう、衆院選に小選挙区制を導入した。首相官邸の機能強化や中央省庁の再編も実現した。それでも低成長時代を見据えた有効な手立てを講じてきたとは言いがたい。
平成の時代に直面した最大の試練は、人口減社会の到来だろう。少子高齢化で人口が急減する恐れは早くから指摘されていた。しかし若年層の雇用や所得水準はむしろ悪化し、出産や育児、教育への支援策も後手に回った・・・

・・・政治や経済の行き詰まりが目立った半面、平成は日本にとって文化面では実り豊かな時代だったと振り返ることができる・・・
・・・日本は経済規模で中国に抜かれた。その差はさらに開くだろう。欧米ではポピュリズムと自国中心的な流れも目立ち始めている。日本は先進民主国家として、法の支配や自由貿易、最先端の科学と文化を通じ、世界で存在感を高めていく戦略と努力が重要だ。
平成が終わり、令和の時代が始まる。我々は多くの課題を抱えながらも、いま平和と繁栄を享受している。難しい問題を一つ一つ解決し、明るい未来を次の世代にひらいていく責任がある・・・