『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』2

山口周著『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』の続きです。

研究の世界でも、分析と論理で答えを出す場合ばかりではありません。自然科学の場合は、分析と論理を積み上げることも多いでしょう。しかし、「発見」は、まずは直感で当たりをつけ、それを分析、実験によって裏付ける作業になります。社会科学の場合は、もっとそうです。直感によって、論理を見いだすことが多いでしょう。アンケート調査結果の分析だけが、社会科学ではありません。

私たちの職場での仕事の場合は、さらにそうです。その場その場の判断は、経験と勘によって行われます。のんびり時間をかけて、分析しているようなものではないのです。
また、考慮すべき変数がたくさんあり、それらの各変数の重要度も、人によって違ってきます。しばしば判断結果を説明する際に、「総合的に勘案して」という言葉が使われるわけです。
役所の仕事の重要なものに、予算編成があります。かつて、PPBSやゼロベースなどの「科学的予算査定」が試みられましたが、成功していません。予算が使われたあとに、どのような効果があったかなどの分析は、意味がありますが。

中学生の時(昭和40年代)に、「直感サバンナ」という言葉が、はやったことを思い出しました。事の起こりは、因数分解の問題だと思います。xx-5x+6=(x-2)(x-3)と分解するとき、2とか3という数字を勘で数字を当ててみて、正解かどうかを試してみます。「数学はもっと論理的に積み重ねて正解を出すもの」と思っていたのです。先生に「どのようにして、答えにたどり着くのですか」聞いたら、「直感だ」と答えられました。
当時、マツダの乗用車にサバンナという車種があって、その宣伝文句が「直感サバンナ」でした。それをもじったのです。「へえ、数学でも、論理的積み重ねでないことがあるんだ」と妙に納得しました。
この項続く