津波避難者と原発事故避難者

福山哲郎著『原発危機 官邸からの証言』(2012年8月、ちくま新書)のp174以下に、「被災者の生活支援」についての記述があります。2011年3月17日に、緊急災害対策本部の下に「被災者生活支援本部」(後にチーム)が作られたこと、3月29日に原子力災害対策本部の下に「原子力被災者生活支援本部」(後にチーム)が作られたことが、書かれています。私が担当したのは、前者の「被災者生活支援本部」です。
2つの支援本部を作らなければならなかった理由は、次の通りです。前者の被災者生活支援本部は、地震・津波であろうと、原発事故からであろうと、避難してきた人を支援しました。逃げてきた人には、どのような理由で逃げてきたか「背番号」は振られていないので、区別はできません。
ところが、私たち支援本部が手の出せない範囲があったのです。それは、原発事故で指示が出され、一般人が立ち入ることが制限された地区です。自宅待機や計画的避難区域になった地域です。
簡単に言うと、第1原発から半径30キロメートル以内は、許可なく立ち入ることができなくなったのです。たくさんの人が残されているのですが、私たちの本部では手が打てないので、別途に原子力被災者生活支援本部を作ってもらいました。

東日本大震災は、地震・津波被害と原発事故の、2つの異なった災害が含まれています。前者は天災であり、後者は事故です。例えば、後者には賠償という行為がありますが、前者にはありません。政府の対策本部も、別の法律に基づき、2つつくられています。
地震・津波被害の場合は、起きた時点で、災害はおおかた終わっています。もちろん、しばらくの間、救助救出作業は続きますが。一方、原発事故の場合は、水素爆発まで時間があり、さらに放射性物質の放出が止まるまで時間がかかりました。災害(事故)は、続いていたのです。
原子力発電所を安全に停止させるという対策とともに、近隣の住民をどのように避難させるか、放射性物質が拡散する範囲の住民にどのように指示を出すかが、大きな課題だったのです。すなわち、「原子炉対策」と「住民対策」という、2つの大きな課題があったのです。
地震と津波は「瞬間型」の災害であり、今回の原発事故は「持続型」の災害です。このほかに、「緩慢型」というリスクもあります。この区別については、拙稿「社会のリスクの変化と行政の役割」第1章注4を参照してください。