お任せ民主主義と飲み会の幹事

先日、あるところでの会話です。戦後の日本政治(国民の政治参加)の欠点は、「お任せ民主主義」であるという説に、多くの人が賛成してくれました。
これは、難しいこと(嫌なこと)は誰かに考えさせて、本人は批判だけするという立場です。批判はするのですが、代案を考えたり、代案を提示することはしません。これは、まことに身勝手な立場です。
増税をはじめとする負担増や、ゴミ処理場など嫌な施設の立地決定の際に、端的に表れます。

その人曰く「負担増は、けしからん」
責任者曰く「じゃあ、どうするのですか。歳出削減は、もう限界ですよ」
その人曰く「それは、あなたが考えることだ」

その人曰く「みんなが嫌だという施設を、なぜここに作るのだ」
責任者曰く「じゃあ、どこに作るのですか」
その人曰く「どこか県外に、持っていくべきだ」
責任者曰く「どこが、受け入れてくれますか。どこも、嫌がっていますよ」
その人曰く「それを、あなたが考えるべきだ」

その議論の場では、これに対する対応策も、提案されました。「飲み会の幹事をさせること」だそうです。飲み会を設定すると、メンバーの中には「こんな店は嫌だ」とか、いろいろ文句を言う人が出てきます。そんな人に幹事をさせて、幹事がいかに大変かを体験させるのです。
店を決めるのに、みんなの意見が合わない。日にちが合わない。さらには、当日にドタキャンする。そのような身勝手な人に、幹事をさせると、幹事の大変さが分かるというのです。
そして、その結果は。
まず、そのような人は、幹事を引き受けない。あるいは、それ以降参加しない。ははは・・。