経済財政5

今日18日に経済財政諮問会議が開かれ、「日本経済の進路と戦略」が議論決定されました。これは、今後5年間の経済と財政の中期展望です。5年前に小泉内閣がつくったのは、「改革と展望」という名前でした。さかのぼれば、池田内閣の「所得倍増計画」もこの系譜です。資料として、「参考試算」がついています。経済成長、物価、財政収支の見込みなどが示されています。これについて、簡単に解説します。
(4通りの想定)
日本は計画経済ではないので、これらの数字はあくまで見込みです。今回は、「進路と戦略」が効果を発揮する場合と、効果を発揮せずまた世界経済が減速するなど厳しい場合の2つを想定しています。前者の場合は、規制改革が進み、生産性も上がり、働く人が増える(人口は減りますが労働に参加する人が増えるのです)ことを想定します。そして、財政は、「骨太の方針2006」で想定した、今後5年間で国と地方で14.3兆円削減する場合と、11.4兆円削減する場合を想定しています。この組み合わせで、4通りになります。
(試算の方法)
試算結果p2から、順に説明します。まず、最初に「潜在成長率」の図が出ています。これは聞き慣れない言葉ですが、供給側の成長能力と考えてください。設備、労働力、生産性の3つが、どれくらい伸びるかです。しかし、能力があっても使い切らない場合、すなわち需要がない場合は、この通りに成長しません。それが、次の「実質成長率」の図です。近年は能力が使われなかった=需要不足だった状態から、成長を続けたので、潜在成長率より実質成長率が高かったのです。
もう一つの要素が、物価です。「消費者物価」(p3中段)はその一つですが、経済全体ではp3の下「GDPデフレーター」となります。これまではデフレで、マイナスでした。2007年からプラスになると予想しています。実質成長率にGDPデフレーターを足すと、p3上の「名目成長率」になります。推計するときはこの順に行いますが、実績値は名目成長率が観測され、そこからデフレーターを引いて実質成長率を割り出します。だから「デフレター」であって、インフレーターではないのです。
(結果)
さて一番いい想定(移行シナリオ、14.3兆円削減)だと、名目成長率は順調に上昇し、2011年には4%近くにまでなります。この場合は、国と地方合計の基礎的財政収支は、プラスになります(p4上の図)。11.4兆円削減では、プラスになりません(p8上の図)。これは、簡単には次のように説明できます。「骨太2006」では、3%の経済成長を続けた場合、2011年に基礎的財政収支をプラスにするには、今後16.5兆円の削減が必要とされていました。その後、国では3.5兆円もの税収増があったので、単純には削減必要額は16.5-3.5=13兆円になっています。すると、14.3兆円削減するとプラスを達成できるのです(19年度予算では、すでに3.5兆円削減しています)。
(喜んで良いか)
ただし、これで喜んではいけません。まず、14.3兆円の削減は、大変なのです。また、今後3%の経済成長を前提としてます。しかし、2006年度の名目成長率は1.5%、2007年度は2.2%の見込みです。
なお、この3年間、特に国税収入が大きく伸びています。これは一種のボーナスです。すなわち、繰り延べ欠損という制度で、会社はある年の赤字を後の年まで繰り越せるのです。すると、業績が赤字から黒字になっても、しばらく税金は払わなくても済みます。2000年代前半に経済の落ち込み以上に税収が大きく減り、この3年間は経済成長を大きく上回る税収の伸びがあるのはこのためです。通常、租税弾性値(経済成長率に対する税収の伸び)は1.1を使います。中期的にはこれが実績なのですが、近年は大きくずれています。
また、そもそも基礎的財政収支では、財政が健全化したとは言えないのです。この場合は、なお国債残高は増加します。また、赤字国債も発行しています。利払いを含めた財政収支は、赤字なのです。基礎的財政収支の黒字化は、一里塚でしかありません。
しかし、ようやく基礎的財政収支の黒字化が見えてきました。ここ数年は、デフレでしたので、そのような見通しも立たなかったのです。
(国と地方)
国に比べ、地方の財政収支は、よくなっています(p5の2つの図)。ただし地方の中には、非常に好調な東京都と、まだまだ大変な田舎の町村が含まれています。また、地方が赤字になったのは、それぞれの団体が自由に財政運営したからではありません。国が地方の税制を決め、支出の多くを義務付け、あるいは誘導したのです。小渕内閣で大きな減税をしましたが、これは国が決めたことです。そこで、国がその大半を補填することにしたのです。「地方より国が大変だ」という主張をする人がありますが、それは、このような背景を忘れたものです。
(1月18日)
23日の日経新聞経済教室は、小塩隆士教授の「高齢者内の再分配拡充を。所得税見直しに柱、世代間扶助のみ不十分」でした。長期的な拡大傾向にある日本の所得格差のかなりの部分は、高齢化で説明できる。高齢層は現役層より所得格差が大きく、高齢層の割合が高まれば、社会全体の所得格差も拡大する。しかし、高齢層の格差が現役層より大きいのは、他の先進国にはあまり見られない、日本特有の現象だ。さらに、高齢層の中で一定の所得水準に満たない貧困世帯の比率も、日本は先進国の平均を上回っている。
最近の所得格差は、再チャレンジ支援策で対処すべきだとの声が強い。もちろんこれは重要だが、高齢層は再チャレンジがそれほど容易でないだけに、より直接的な所得支援があった方が良い。
日本の再分配政策は、今まで重視してこなかった、また重視する必要のなかった救貧政策の側面を、強める段階にある。現行の制度は公的年金など現役層からの所得移転で、高齢層内部での再分配の度合いは極めて限定的である。(1月23日)
24日は、森信茂樹教授の「是正は個人の能力向上で。ブレア政策にならえ、給付付き税額控除を軸に」でした。
税と社会保障を一体化し、弱者の生活を保障するのでなく、弱者を再び市場に送り出すというものです。生活保護の人が働き始めると、保護費が減額されますが、全額を差し引くのでなく、手取額は所得に応じて増えるようにするのです。あわせて、子どもの数に応じて給付・税額控除があり、高所得になると打ち切られます。すなわち、低所得の人には社会給付がありますが、状況がよくなると給付が減り、さらによくなると税額控除が減り、そしてさらによくなると税額控除もなくなるのです。
ただし、社会給付と税額控除を連動させるためには、指摘しておられるように、いくつかの問題もあります。もっとも、イギリスでできているのですから、難しい問題ではありません。(1月24日)
25日の読売新聞論点は、加藤智栄さんの「医療材料費削減、内外価格差の是正必要」でした。「日本の医療費は約32兆円で、パチンコ産業とほぼ同額であり、国民の命を守るのに決して高いと思わない。医療費を抑制するのであれば、内外格差が甚だしい医療材料費の削減を大胆に行うべきである。日本の医療は、技術料が低く抑えられているが、材料費が諸外国に比べて異常に高い。虫垂炎手術を日本で行えば7日間の入院で約38万円で済むが、ニューヨークでは1日の入院で244万円、北京では4日入院で48万円である。一方、心臓ペースメーカーの内外価格差は3~4倍である。日本では116~148万円、中国では外国製品で80~100万円、国産品で40~80万円・・・」(1月26日)
(記者さんとの会話)
記:再チャレンジ支援で、フリーターの人に技術を身につけてもらい、常用雇用になってもらう、というのがありますよね。
全:そう。それも、単純に技術を身につけるのではなく、企業の求めに応じたものとか、工夫しているよ。
記:でも、現在の労働市場が均衡状態にあるとすると、200万人のフリーターは減りませんよね。労働者が労働の供給側、雇う企業が需要側で、現在の状態で、それなりに双方が合致しているのですから。200万人のフリーターが全員技術を身につけても、200万人の優秀なフリーターができるのではないですか。
全:他の条件が変わらないとすれば、それは当たっているね。企業が常用採用を増やさない限り、200万人のフリーターや失業者の数は変わらない。
しかし、マクロではそうだけど、個人に着目すると、技能をつけた人は採用されやすいから、人の入れ替わりは生じるよね。さらに企業は、そのような人だったら、正社員にしようと考えるかもしれない。また、ミスマッチによる失業も、解消される可能性がある。次に、日本経済は、閉じた世界ではない。日本の労働力の質が上がれば、海外に移転している企業が、日本に戻ってくることもある。
もちろん、景気がよくなって、企業が採用を増やしてくれるのが、一番の解決策だけど。
記:なるほど。日本の労働者は、外国の労働者と競争しているということですよね。単純労働だと、安い海外労働力に勝てないですね。企業は世界で競争しているから、同じ労働力なら安いところで生産しますよね。あるいは、安い労働力を使う海外企業に負けますね。
全:日本は外国人労働者の受け入れを規制しているけど、労働力にも、国境はなくなっているということでしょう。(1月30日)